2008年10月8日水曜日

アチンナレ第10回支援報告

                           2008年9月12日

第10回支援
  場 所   :     DEDAYE(デェーダイェ)の村
               タンティン村、チョッボゥッ村
  出発日   :     2008年9月8日(月)
  出発時間  :    午前6時~午後8時
参加人数    :    12名
 支援物資   :    米、玉ねぎ、じゃがいも、ウォーターガード、毛布
               古着(日本からの寄付)
              ノート、鉛筆、ボールペン、消しゴム、雨合羽
現地の様子
被害を受けてから4ヶ月経った今も、支援が届いておらず、困っている村がまだあることを再確認しました。しかし、デェーダイェまでの村々ではそれぞれ復旧工事が進んでおります。また、支援物資と思われる(団体のロゴ入り)物を持った子供たちや、村人たちの姿があちらこちらに見られ、物資が届いたんだな~と実感し、うれしく思いました。

  今回は日本留学中であり、サイクロン復興支援会の中心メンバーであるKhin Khin Htweさんおよび、May Hsu Shinさんが参加してくれました。
日本で集めた義援金は彼女たちの力によって集められたものであります。
 今回訪れた村のうちのひとつであるタンティン村は、デェダイェの町のすぐ側にありながら、近すぎるためか支援の手が伸びておらず、今までに一回しか支援がきておらず、とても困っている様子でした。
まず始めに僧院へ行き、お坊さんに支援物資の説明、支援の仕方、また残ったものをお坊さんに差し上げることなどを伝え、学校へ出向きました。学校は仮設校舎であり、床は石のままでその上に長板を引いて座って授業を行うという形で、少々ショックを受けました。また、ノートではなく、子供たち一人ひとりが小さな黒板に板書しており、記録するものはありませんでした。しかし、今まで行った学校では皆がノートを使用していたので、さほどノートの必要性はないのではないかと思い、今回は一人に1冊分のノートしか用意していませんでした。なので、翌日デェーダイェに残ったKhin Khin Htweさんに追加でノートを支給してもらうことにしました。
 その後、僧院へ戻り、村人たちに支援物資を一世帯ごとに名前を読み上げ手渡ししました。この村はとても協力的で、私たちが学校に支援に行っている間に玉ねぎとジャガイモを一世帯ずつの量に分けて袋に入れておいてくれたのでスムースに進むことができました。

 次の村へはボートを使って行きました。まず始めにチョッボゥッ村の子供たちが通っているという学校へ行きました。村が多い割には子供たちが少なかったので、どうしてかな?と思ったのですが、学校までボートで通うしかなく、学校に通っていない子供もたくさんいるとのことでした。この学校でも物資を支給し、その後、村へ行きました。確かに村に着くと、子供たちがたくさん居ました。学校に行っていない子供がこんなにも多いのか?と思うと複雑な気持ちになりました。
物資は僧院で(お坊さんの目の前で)支給しました。この村は世帯数も、人口もとても多いので村を8つのグループに分けているそうです。各グループごとに色の異なる手帳を持っており、名前を呼ばれた世帯主はその手帳に印を押し、物資をもらうという形で進められました。時間はかかりましたが、きちんと各家庭に物資が届いたのは確かです。

また、今回は学校で教鞭をとっておられる先生方にもお礼の意味となにかに役立ててほしいという気持ちから一人に10,000チャットずつお渡ししました。どの先生も子供たちのために長い通勤距離を歩きや、自転車でこられており、また、給料もわずかながら一生懸命教えておられ、頭の下がる思いでした。いまさらですが、今まで行った学校の先生たちに渡してあげられなかったことが悔やまれます。

 


今後の支援活動について
 
今まで数回わたって支援活動を行ってまいりました。まだまだ支援の行き届いていない場所があるにもかかわらず、支援の手はだんだんと少なくなってきているのが現状です。しかし、大きな団体は支援活動を続けているようです。私たちもまだまだ支援活動を続けたいのは山々ですが、時間的な問題、資金的な問題から次回(9月15日)を持ちまして最後とさせていただきます。
よって、次回は残っている資金の許す範囲で支援活動をします。現在、デェーダイェに残っているKhin Khin Htweさんが次回の活動地を調査し、決定してくれることになっております。


支援物資

   米                          70袋
たまねぎ                         15袋
   じゃがいも                     15袋
ウォーターガード                    40本
ノート                            4ダース(  48冊)
    鉛筆                        100ダース(1200本)
ボールペン                       100ダース(1200本)
消しゴム                         40ダース( 480個)
   毛布                        800枚
   子供用雨合羽                  126着
   大人用雨合羽                  5着
ポスター                        300枚(ユニセフから)

 タンティン村
   人口    487人    世帯数 118世帯
児童数    56人 教師数   2名
    幼稚園児  29名
    1年生    8名      2年生    9名
    3年生    7名      4年生    3名

   お坊さん(2名)   掛け布団                 1枚ずつ
   一世帯につき    米                     2ビー
   一世帯につき    じゃがいも                1ベイタ
   一世帯につき    玉ねぎ                  1ベイタ
一世帯につき       掛け布団                 1枚
児童一人につき MOMIJIノート                   1冊
   児童一人につき   鉛筆                   4本
   児童一人につき   ボールペン               2本
   児童一人につき   消しゴム                1個
   児童一人につき   雨合羽                 1着
   教師一人につき   雨合羽                  1着
   教師一人につき                         10,000Ks.

* なお、残った米(一袋)、ジャガイモ(2/1袋)、玉ねぎ(2/1袋)はお坊さんに渡しました。


 チョッボゥッ村
   人口   2700人    世帯数 658世帯
児童数    58人 教師数   3名
    保育園児   4名      幼稚園児  28名
    1年生     6名      2年生    6名
    3年生     5名      4年生    9名

   お坊さんと小坊主(9 名) 掛け布団      1枚ずつ
   一世帯につき    米             2ビー
   一世帯につき    じゃがいも         1ベイタ
   一世帯につき    玉ねぎ           1ベイタ
一世帯につき   掛け布団   1枚
   児童一人につき   鉛筆           2本
   児童一人につき   ボールペン        2本
   児童一人につき   消しゴム         1個
   児童一人につき   雨合羽          1着
   教師一人につき   雨合羽          1着
教師一人につき 10,000Ks.

* なお、途中で玉ねぎとジャガイモは足りなくなってしまったので、その分、米を多めに渡しました。
残った米(1 2/1)と掛け布団15枚はお坊さんに渡しました。


経費報告


米        70袋×13500Ks.             =  945,000Ks.
玉ねぎ      15袋                    = 289,845 Ks.
じゃがいも    15袋                    = 539,505 Ks.
ウォーターガード 40本                    = 16,000Ks. 
ビニル袋    100枚                    = 1,600Ks.
毛布       800枚×2800Ks.              = 2,240,000Ks.
ノート      4ダース×1300Ks.              = 5,200Ks.
鉛筆      100ダース×470Ks.            = 47,000Ks.
ボールペン   100ダース×960Ks.           = 96,000Ks.
消しゴム     40ダース×800Ks.           =  32,000Ks.
雨合羽        66着×1800Ks.            = 118,800Ks.
雨合羽        60着×1600Ks.            = 96,000Ks.
雨合羽(大人用)    5着×4500Ks.           = 22,500Ks.
教師への寄付金     5人分               = 50,000Ks.


その他    物資仕入れにかかた交通費          = 7,000Ks.
        日本からの古着にかかった税金       = 4,500Ks.
        タクシー代(学校~船着場 往復)      = 9,000Ks.
         船代(ヤンゴン~ダラッ 往復)        = 330Ks.
        現地移動用の車(トラジ)            = 10,000Ks.
乗り合いタクシー代
          (ダラッ~デェーダイェ 往復3台分)    = 150,000Ks.
         昼食代                       = 11,000Ks.


* 数回にわたって寄付していたマンカレー村の学校建設および、学校部品の一部として1,720,000チャット寄付することにしました。寄付へは毎回マンカレーへ行っている知人が(9月16日)行き、その村の村長および、先生に渡してくれることになっています。その知人から報告が届き次第、私のほうで報告書を作成し、皆様にご報告いたします。
  


             合計           4,691,280ks.
          マンカレーへの寄付    1,720,000ks.
           
合計 -6,411,280Ks=約64万円


            
キンキンの支援報告

現地の様子

   今回は、先生と一時帰国の私(キンキン)とメイさんをはじめ学生たち12人でデェーダイェ町まで行きました。そしてそこからトラジーに乗ってThan Din村に訪れました。この村を選んだ理由はデェーダイェ町から近すぎて大体の支援の人たちは町と同じもらっていると思ってここに行かないで残されているからです。それの上、この村のリーダーは私たちをすべて協力してくれました。
    この村の様子から見てすごく困っているのは分かりました。人々に純粋さを感じました。最初に僧院に行って日本から寄付してくれて古着、靴とかをお坊さんに寄付してその後は隣にある小学校に行きました。現地の人たちはこの日にヤンゴンから寄付する人たちがくるのを前持って知っているのでみんな集まって待っていました。学校はサイクロンの直後に壊れてしまったがひとつの会社の寄付と村の人たちの力で建て直している中です。子供達は征服じゃなくて普通の服で、暗い雰囲気でした。みんなの名前を呼んで一人ずつ配っているうちに笑顔は出てきました。キャンディを配った後はリンコートを着てもらってみんなで記念の写真を撮りました。その学校に先生二人しかいない。行く前に先生と私相談して先生たちに1万キャット渡すことにしました。こんな状況の中教育してくれる先生方には感謝の気持ちで、少ないけど使えるならと思って渡した。うれしくて涙が出そうになっている顔は忘れられないと思います。これからの村々の先生たちにも渡す決心をしました。近くの僧院は建設途中ですが屋根もあるし広い場所でした。そこで村の人々に1世帯につき代表の名前を呼びながら物資を渡しました。人々はすごく喜んでいました。
    昼ごはんを早く食べてトラジーに乗ってボート乗る場に移動した。そこから15分ぐらい乗ってKyon boat村の地域にあるAutchaungkalay村の小学校に着きました。学校は完全に壊れたため立て直したばかりの学校でした。私たちが学校の前に立ったとたん中の子供たちは元気な声であいさつしてくれました。嬉しいとともにびっくりしました。学校の学生からリストを見て子どもたちの名前を呼んで一人ずつ物を配りました。面白いことに最初に私が記念のため子供が貰っている姿を写真とったら子供全員が文房具をもらったら私の前で立て写真撮らせてもらいました。終わったら早速ボートに乗って20分ぐらいのKyon boat村に向かいました。
   その村を選んだ理由はデェーダイェから遠くはないが被害が大きかったし、今はお米を買いたいのになかなか仕事がないから食べ物に困っていて食べ物が欲しいという要求に応じて米、じゃがいも、玉ねぎと毛布を支援することにしました。実際にいてみたら道とか家とかはかなり回復している様子でしたがほとんどの人々は昼間なのに家にごろごろしているのを見えました。この村はかなり大きいで、場所によって8グルプもある。僧院は一つしかないがコンクリートの建物だったので被害を少しだけ受けたようで、お坊さんは9人ぐらいます。着いたら協力してくれる村のリーダーとかは村の人々に拡声器で呼んで物資を配り始めました。今回の村の違いはちゃんとしたデタの上に核家族に家の代表の名前、数とか書いてあるノートはあってそこにリーダーのスタンプを押してから支援物資をもらうことにしていました。660世帯もあるので結構時間がかかったが村の人々は寄付する人たちが実際に来てくれたから物資はちゃんと手に入れたという喜びの声も聞こえました。私たちの手を握ってありがとうと言う人も多くいました。
    今回の支援はいろいろな乗り物で移動したから結構急いでいました。しかし、参加者はかなり多いし、協力する人も多かったため順調に終わりました。ミャンマー人でいるがなかなか経験できないことなのでこの支援の帰りは充実した感じがしました。これからの支援も頑張っていきます。


今後の支援について

   10日と11日には先生が支援に行った二つの村と15日予定の村に調査しに行きました。それについてはまた詳しく報告する予定です。支援物資のは必要に応じて変えている私たちの方針通り、ミャンマーは今雨季なので雨が降っていがそろそろ終わるためレインコートは市場で少なくなってきました。何百人買うためにはすごく難しくなっていました。それで、レインコートの代わりに何が欲しものはないのかと現地の先生たちに聞いてみました。そうすると、これからは久氏が激しくなるミャンマーでは靴と帽子が欠かせないものになっています。靴はサイズバラバラなのであきらめてこれからの支援物資は帽子にしました。後はミャンマーの農業は11月にならないとお米の収穫はできないので食べ物はすごく困っていると言われました。サイクロンの直後は支援団体とかはたくさん来ていたので食べ物に関してあまり困らなかったが今はだんだん少なくなってその上、お米がとれないからとても困っています。ですから、毛布も必要ですが食べ物の量を増やすことに考えています

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