私たち「アチンナレ」とミャンマーをつなぐ第一の人、
MOMIJI日本語学校の校長、村松愛先生から
19日に実施された活動の報告が入りました!
先生は私たちの送った支援金を元に、
現地の協力者とともに活動を広げてくださっています。
ミャンマーサイクロン被災地支援
第1回支援
場 所 : KUN CHAN GONE(コンジャンゴン)
MAN KA LATE (マンカレー村)
KA MAR PAR (カマーパー村)
NETT SIN GONE(ネッスィンゴン村)
出発日 : 2008年5月19日(月)
出発時間 : 午前7時半
参加人数 : 20名
支援物資 : 古着、Tシャツ(新品)、サンダル、石鹸、
米、ジャガイモ、玉ねぎ、豆、塩、
支援報告
今回は第1回ということで、ヤンゴンでボランティア英語教師として有名なU MYINT OO氏の支援活動に参加させていただき、支援活動を行いました。
コンジャンゴンはすでに支援の手が多く、それほど困っているようには感じられなかったので、僧院のお坊さんを通して、古着だけを寄付するという形にし、コンジャンゴンの手前にある、カマーパー村とネッスィンゴン村、コンジャンゴンからさらに1時間ほど行ったマンカレー村への寄付をメインに行いました。
カマーパー村とネッスィンゴン村はコンジャンゴンの手前にあり、被害も大きかったにもかかわらず、支援者たちが通り過ぎていく村で、支援の手が行き届かないので、今回はこの村に古着、生活必需品、食料などを寄付しました。ここに在住しているU MYINT OO氏の信頼できる元学生に支援物資を預け、さらに、村から奥にある、小さな村人たちにも支援物資を配給してもらうことにしました。
マンカレー村(人口1603人)では、僧院のお坊さんを通して、Tシャツ、食料、サンダルなどを寄付しました。この僧院では、サイクロンのあった3日から5日までは村民たちが僧院に避難していたため、その間は僧侶たちによって食料を支給してもらっていたそうです。6日からは自分たちの住まいの修復のために自宅に戻りましたが、僧侶から各家庭に食料が配給されていたそうです。僧侶、村民ともに現在必要なものは食料であり、特に米が不足しているので寄付してほしいとのことでした。医療面ではNGOが村を訪れ、十分な薬と治療を行ってくれているので必要ないとのことでした。
今後の支援活動について
今回、村人や僧侶の話、また実際目にした光景を元に、今後の支援活動を考えていかなければならないと反省しました。ただ単に物資を支給するだけでは彼らのためにはならず、また、支援物資に頼りすぎるのも彼らにとってよくないことであると感じました。しかし、マンカレー村の支援は今後も数回、続けていけたらと思います。
また、まだ支援の届いていない地区も多いらしいので(聞いた情報では)そういった場所を探し、支援が届きにくい場所を中心に物資だけではなく、村の活性につながるような支援をしていきたいと感じました。何らかの仕事を与え、そこから生産されたものを購入してあげ、またほかの地区にそれを寄付するといったようなことができれば理想的ではあります。その点は次回の場所を視察してから再検討したいと思います。
経費報告
物資支援: 古着(米袋で80袋)
ー英語学校の学生、日本語学校の学生、日本人教師、協力
支援金 : 日本からの支援 33,739円
MOMIJIの学生からの支援 193,500Ks.(約1900円)
米 17袋(マンカレー村への寄付) 15000ks.×17袋
米 10袋(カマーパー村への寄付) 10000ks.×10袋
ジャガイモ 5袋 ほかのグループからの寄付
玉ねぎ 6袋(米袋サイズ) ほかのグループからの寄付
豆 2袋(米袋サイズ) ほかのグループからの寄付
石鹸 300個 ほかのグループからの寄付
Tシャツ 500枚 ほかのグループからの寄付
ガソリン代 2台 34000ks.×2台
合計 423,000ks.
残金 107,890ks.
* 第2回支援活動は2008年5月22日 ディディエーを予定しております。
MOMIJI Japanese Language Center
Megumi Muramatsu
posted by MON
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