2008年9月30日火曜日

アチンナレ第9回支援報告書

実施日:2008年8月5日(火) 
場所 :ディディエー地域内
(①チョウンペッ村、②タイヤゴン村、③ジョージャ村④ミャッカヨ村)
全世帯数:330世帯
支援物資:なべ2種類(大、小)、バケツ、コップ、唐辛子、石鹸
     
【物資調達について】

選定理由
モンの両親、そしてディディエー地域を受け持つ医師ネイリンアウン氏と相談の上決定。
このたび支援に行くことになった地域は、政府からの米の支給以外他の支援が入っておらず、生活を支えるために不可欠な、かつ高額で他団体が支援しにくい物資を選定。

・なべ(大、小)、バケツ、コップ…ヤンゴン市内の卸屋
 →各330個ずつ購入(8/2)。(1,945,800ks)
荷物の半分をその日中に、残り半分を4日(月曜)の朝PYAPONに送ってもらう。
店-ヤンゴン港までの送料は無料。
ヤンゴン港-ピャポン港の送料は上記に含む(16,000ks)。
・唐辛子…ヤンゴン市内のマーケット
 →15チャッタ入り330袋(計50ベータ)購入(8/4)。(150,000ks)
  今後の活動で塩を送るときは仲介してくれるとのこと
・石鹸@ヤンゴン市内のマーケット
 →洗濯、330個購入(8/4)。(68,900ks)

【場所選定について】
1.ディディエー地域内で、比較的支援が入っていない村々。
2.持ってきた義援金で以上の物資を全世帯に配布できるような世帯数のある村。

○8月5日当日の動き
参加者5名(モン、モンの両親、モンのいとこ、竹本)
4:00出発
7:30ピャポン到着
   Dr.ネイリンアウンさん、看護婦さん、ディディエーの村人(道案内)と合流
   物資の積み込み
10:00チョウンペッ村(175世帯)到着
    村長宅で昼食、その間タイヤゴン村(合計46世帯)住人も集まる
12:00配布開始(チョウンペッ村、タイヤゴン村両住人へ)
12:30配布終了
Drたちは次の2箇村(ジョージャ村(36世帯)、ミャッカヨ村(約50世帯)
(8/3コンダインレ村(70世帯)には支援が入ったとの情報から変更))へ、
私たちはヤンゴンに向けて出発
18:00ヤンゴン到着
***************************************
【会計報告】
資金2,369,500ks
内訳
2,222,000ks-アチンナレ
90,000ks-モン&竹本
50,000ks-大塚さん(東大)
200ks-モンの家族より


★支出(物資調達)
種類 費用(単位:キャット)
1 鍋など 1,945,800
2 唐辛子 150,000
3 石鹸 68,900
4 船代など 100,000

★他の支出(交通費など)
1 交通費(ヤンゴン-ピャポン) 64,500
2 ライフジャケット5着 33,000

計2,362,200ks
 約20万3千円

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○感想(なお)

学校がなくなってしまっていたのですが、ノートなどにまわすお金がなかったため、今回は生活物資だけの支援となってしまいました。
ヤンゴンからディディエーを抜け、ピャポンという港町を経由して、そこからボートで村々のあるデルタ地帯まで漕ぎすすめました。物資は石鹸と唐辛子は車でピャポンまで、それ以外はヤンゴンから直接ピャポンまで船で送ってもらいました。
村長さん宅に到着し、周辺2つの村の住民が集まっている間、食事など豪勢なおもてなしも受けました。私がはじめて食べるものには、部屋中の人が私に注目して、私の反応をうかがう、というような場面もあり、おかしかったです。数単語しか分からない私に、ひたすらビルマ語で話しかけてくる村のみなさんは本当に元気でした。
医師の持っていた住民名簿と村長の持っていた名簿とを刷り合わせ、間違いがないかを確認した後、各世帯の代表者の名前を読み上げ、名簿にサインしてもらい(サインできない人は×印)、それぞれの物資を配給しました。出発直前までは天気が心配されましたが、配っている最中はかんかん照りでした。私が緑、赤、青の3色あるバケツを配っていると、「赤がいい」と言ってくる人も結構大勢おり、びっくりしました。
のこり2つの村には時間の都合上行けず、物資を医師に託しました。写真および報告書を提出してもらうようにお願いしています。
全体として、私にはひたすら「ついって行っただけ」感の拭えないものとなりました。というのも、物資の調達に付き添ったり、現地にも行きましたが、言葉が分からないため、調達や用意も、現地での手はずも、すべておあつらえ向きというか、ready-madeな支援だったと思います。そんな支援でも、長距離の移動など、決して容易なものではなかったので、お仕事の合間に自身で一から物資の交渉もしてくれている愛先生には頭が上がらない思いです。また、モンの家族には本当にお世話になりました。物資調達のための店でも、現地でも、私は「日本人」として彼らに珍しがられ、逆に写真を撮られたりと、ちやほやされました。しかし、ただ「日本人」というだけでも喜んでもらえたのはよかったかな、と感じています。
支援後愛先生とお会いして、先生は時間節約のためと、もてなした家が支援物資を多く受け取るということがあるということから、食事などを受け取らないようにしている、というのは初耳で、できればやはり支援に行く前にお会いしたかったと思いました。しかし、今回は私たちをもてなしてくれた村長さん一家は、私たちを村からピャポンまで船で送ってくれましたし、次の村に行くために医師がすぐに残った物資などをまとめていたので、村長一家が多く受け取るということはなかったと思います。
先生とは、今後もやはり現地の声を優先して、欲しがっているものを持っていこう、という話になりました。そのためのヒントとして、今回同行してくださった医師の連絡先を
お渡ししました。体だけには本当に気をつけて行ってもらいたいと思いました。


○感想(モン)
 
支援実施の村の世帯数を調べること、物資の値段を調べること、村までのボート、物資配布の準備などはDr.NayLinAung氏が協力してくれました。支援物資の調達や運搬はヤンゴンにいる知り合いの紹介で、思っていたより順調にいきました。お店の人も、寄付すると言うことだけで、安くしてくれたりして、ただにしてくれたりしてくれました。
ミャンマーにいる皆には本当にお世話になりました。Drの連絡先、お店の連絡先などは先生にお伝えしましたので、参考にしてくださったらと思います。
 初めて被災地を訪ねることができて、とてもよかった!!思っていたより、回復が早くて正直少しは安心しました。しかし、いろいろ聞いてみると支援などは十分にもらえているということでもなく、自力で立ち直ろうとしているのがわかりました。倒れた家を竹の棒で支えて建て直して住んでいる人もいれば、家が完全に壊れたから親戚に頼って、住む場所を借りて貰っている人もいました。農作業もうまくいってないよ、大変だけど頑張るしかないよと笑顔でいってくれました。彼らは私たちが日本から支援していることに驚いていた。わざわざ村まで来てくれたねとても喜んでいました。ありがとうと言われている私がありがとうと言いたいぐらい元気をもらいました。なんだか、皆がすごい!!と思いました。
その一方、こんな頑張っている人たちのため、これだけの支援では足りないのではないか、もっと頑張らなくてはという意識が強くなってきました。今まで活動されている愛先生ともみじ学校の皆さん、キンキンの親戚、今回協力してくださったお医者さん、看護婦さんのように現地に密着して活動している人たちがまぶしかったです。正直言うと、そのようにできない自分が悔しいです。でも、悔やんでばかりでは何もできないから、今できることを頑張っていきます。
先生とミャンマーにいるすべての協力者にお願いです!これからも、復興支援をよろしくお願いします。

2008年9月1日月曜日

できました!アチンナレのしおり

7月末から8月のはじめ、
私タケモトと、モンは緊急でミャンマーに行ってきました!
まだその詳しい話をすることはできないのですが。。。
みなさんにお土産があります!!

以前から、アチンナレも、なにか、
緑の羽根募金や、ホワイトバンド、レッドリボンのように、
みんなが一目で分かるような、
シンボルのようなものを作りたいね、という話が出ていました。

それに、寄付にご協力くださった方に、
寄付をしてくださったこと、ミャンマーのことを忘れてほしくない、
アチンナレをきっかけに、
もっと身近にミャンマーを感じてもらいたい!と考えていました。

それを実現したのが!
これ!
アチンナレのしおりです!



両面にミャンマーを代表するパゴダが印刷されています。
そしてゴールドのリボンという、
ほんとうに「ミャンマーらしい」仕上がりになりました。

これは、私とモンがミャンマーに行った際、
日本からデザインを持ち込んで、
ミャンマーの印刷業者にお願いして作ったものです。
日本で作るよりも安いし、
すこしでもミャンマーの経済に役立てたらいいな、との考えからです。
モンのお父さんの会社が出資してくださいました。

私たちは、このしおりを、
アチンナレの活動に協力してくださったすべての皆様にお配りしたいと考えています。
まもなく口座を締めます。
お礼の気持ちと、これからもミャンマーを忘れないで、という思いをこめて、
このしおりを作りました。
手渡しできる方には直接お渡しします。
私たちのことをかげながら支えてくださった方にも、
ぜひお持ちいただきたいと思います。
郵送にてお送りいたしますので、よろしければ、
akyinnarlet@gmail.comまでご連絡先をお送りください。

私とモンのミャンマー報告は、もうしばらく!おまちください!

2008年8月3日日曜日

アチンナレ第8回現地活動報告

第8回支援

場 所   :  DEDAYE(デェーダイェ)の村
          アケージ村、インドゥ村
出発日   :  2008年7月28日(月)
出発時間  :  午前6時~午後7時
参加人数  :  9名
支援物資  :  米、玉ねぎ、ウォーターガード、毛布、ノート、鉛筆、消しゴム、雨合           羽


現地の様子

 今回も前回同様、バスや船を乗り継いで、デェーダイェ町まで行き、そこから船でアケージ村を訪れました。
 デェーダイェまでの町の様子はずいぶんと復旧していて、みな、それぞれ通常の生活に戻っているように見られました。学校へ通う子供たち、農作業をする人々などがところどころで見られました。また電気も復旧されているようでした。それはデェーダイェの町も同様のようです。しかし、そこからさらに船で進んだ村々はまだ復旧が遅れているようです。
 今回は雨季に入り、雨が多いというので、村までは小舟に乗り、細い川を通って行きました。(大きい船の航路は雨がたくさん降ると波が高くなって危険とのこと)また、すぐとなりにあるインドゥ村の人々たちもここ、アケージ村に集まり、寄付を受け取りました。
  デェーダイェ町から船で1時間半ほど行ったところにあるこの村は、まだ復旧が進んでおらず、倒れた木々や、壊れた家屋、学校がところどころに見られました。今までにユニセフとエーデンという団体が寄付に来ただけだそうです。学校の修復は申請してあるが、未だそのままの状態で、子供たちは狭い僧院の建物の中でひしめき合って授業をうけている様子が伺われました。
  まず、子供たちには文房具用品と雨合羽を支給しました。雨合羽はとても喜び、すぐに着てくれました。その後、村の中心へ行き、そこで各家族ごと、世帯主を呼び、人数に応じた食料支援を行いました。また、今回は雨季で夜になると肌寒いので毛布も支給しました。
 なお、残った物資は僧院のお坊さんに託し、必要に応じて村人たちに支給してもらうようお願いいたしました。


今後の支援活動について

 前回同様、各自、各家庭に手渡しする方法だったので、多少時間はかかりましたが、人々の喜びがじかに伝わってきました。よって、今後もこの方法で行っていきたいと思います。また、物資の内容も必要に応じて変えていくことが望ましいと思います。
 3ヶ月経とうとしている今、支援をする人々の姿はほとんど見られず、大きな団体(ユニセフなど)の車だけが見られました。時間と共に忘れられていくのが事実ではありますが、まだまだ支援が必要な地域は残っています。よって、こうした支援を続けて行くことが必要だと強く思いました。また、今後も各村を訪れる際には、人口、及び、子供の数などを事前に調べてもらい、必要な数を必要な人々に支給していきたいと思います。


支援物資

米                  74袋
玉ねぎ               150ベイタ(約240Kg)
ウォーターガード         87本
ノート                 30ダース(360冊)
鉛筆                60ダース(720本)
消しゴム              16ダース(192個)
毛布                 800枚
子供用雨合羽           170着


村の人口    1600人   
世帯数      360世帯
児童数      170人      幼稚園児     69名
                     1年生       35名
                     2年生       29名
                     3年生       25名
                     4年生       12名

一人につき         米             1ビー
一世帯につき        玉ねぎ           90ベイタ
一世帯につき        掛け布団        2枚 *6人以上の家庭には3枚支給
児童一人につき      ノート             2冊
児童一人につき      鉛筆             4本
児童一人につき      消しゴム          1個
児童一人につき      雨合羽           1着
小学3、4年生       ウォーターガード      1本

*なお、ノート、鉛筆、消しゴム、ウォーターガード(12本)は学校の校長先生へ寄付し、残った米(14袋)、玉ねぎ(1袋)、毛布(3枚)、ウォーターガードはお坊さんへ寄付しました。
 また、船を出してくれた人や、支給する作業を手伝ってくれた人たちにも、米(1,5袋)、玉ねぎ(半袋)をお礼として渡し、各自で分けてもらうことにしました。


経費報告

米                      74袋×12000Ks.    =  888,000Ks.
玉ねぎ                    45ベイタ(約72Kg) = 220,000Ks.
ウォーターガード              87本           = 34,800Ks. 
ビニール袋                 100枚           = 2,300Ks.      毛布                     800枚×2800Ks.    =  2,240,000Ks.
ノート                     30ダース×1300Ks. = 39,000Ks.
鉛筆                     60ダース×470Ks.  = 28,200Ks.
消しゴム                   16ダース×660Ks. =  10,560Ks.
雨合羽                    170着×1800Ks.    = 306,000Ks.
その他   
物資仕入れにかかった交通費                    = 7,200Ks.
タクシー代(学校~船着場 往復)                  = 8,000Ks.
船代(ヤンゴン~ダラッ 往復)                     = 200Ks.
乗り合いタクシー代
(ダラッ~デェーダイェ 往復2台分)                 =  120,000Ks.
昼食代 +飲料水                               = 12,600Ks.

合計                3,916,860Ks. = 約39万2千円

アチンナレ第6回現地活動報告

           
第6回支援

場 所   :  MAN KA LATE (マンカレー村)
         マンカレー村の近くの小さな町々
         インコ村、ティパー村、メーダリーワ村、
         ヨアテッコン村、メーダリーサン村、
         ワテェインカッ村
         
支援日   : 2008年6月24日(火)~6月25日(水)
支援物資  : 教科書、ノート、鉛筆、消しゴム、定規、雨合羽

現地の様子
 
 先生が一時帰国する前に、マンカレーに何度も寄付へ行っている先生の知人から要望があったのと、先生自身もこの村に教育的支援をしたいという希望を前回から持っていたので、先生が一時帰国している間に学生たちを中心に寄付を行ってもらいました。
 6月3日から正式に授業が始まると同時に学生数の確認、政府への申請を行い、政府から教科書が発行されます(有料)。しかし、全員に行き渡る分の教科書は配布されず数人で一冊の教科書を使用するのが現状であります。金額は配布された教科書数を学生数で割って各自が支払うことになっております。今年はサイクロン被害を受けた地区だけ授業料が無料になったようですが、教科書代は依然として有料であります。また、中には自分のお金を出して市販されている教科書(割高)を購入し、子供に使わせている親もいるようです。しかし、今回はこのようなサイクロンの被害を受け、通常の教科書代を支払っている余裕などないのがこの村人たちの現状であります。そこで、今回は、政府に支払う教科書代、及び不足分の教科書を市販で購入し、子供たちに配ることにしました。また、それに伴って、文房具品もいくつか子供たちに手渡しました。
 また、そこで教えている教師たちはプロの教師でありながらボランティアに近い状態であります。教師たちには敬意をこめて、通勤に使用してもらうための雨合羽を渡すことにしました。
 子供たちは元気で、新しい教科書、ノートに笑顔を見せておりましたが、教室は簡単に作られた狭い場所であり、もっといい環境で勉強できたらいいのにと思う限りだったとのことでした。


今後の支援活動について

 子供たちの笑顔と、子供たちの教育は不滅のものです。しかし、教育的支援はいまだ足りないのが現状であります。今後、食料支援に加え、教育支援も行っていかなければならないと先生は感じているようです。
 ミャンマーは雨季に入り、大雨が毎日のように降るようになりました。雨の降っている時間は肌寒いぐらいでもあります。そしてその雨にぬれながら学校に通う子供たち、雨風が吹き込む家の中で生活する被災地の人たち。今、彼らが必要としているものは何か?それを見極め、必要に応じたものを寄付していきたいと思っております。
 被災後1ヶ月の間はミャンマー国内ばかりでなく、多くの支援が行われておりました。(中には行き届かなかった地区もありますが)しかし、2ヶ月半以上たった今、支援に行く人々の話はあまり聞かれません。特に個人的寄付は一時だったため、私たちのように2,3ヶ月に渡って支援している人たちは多くないようです。
 私たちアチンナレにはまだまだ支援する余裕があります。よって、今必要としているもの、支援が少なくなっている今だから必要とされている地区に支援を続けて行っていきたいと思っております。


支援物資

政府支給教科書  
市販教科書
4線ノート               190ダース(2280冊)
MOMIJIノート            200ダース(2400冊 )
鉛筆                  850本
消しゴム                850個
定規                  675個
ボールペン              50ダース(600本)
雨合羽                 25着
* 各村の子供たちの数と子供一人当たりに配布した文房具はそれぞれ以下のようになりました。また、少し多めに学校の先生にも寄付をし、必要に応じて先生から子供たちに配布してもらうことにしました。
各村の子供たちの数(幼稚園児から高校生まで)
    マンカレー村           340人
    インコ村             155人
    ティパー村            80人
    メーダリーワ村        130人
    ヨアテッコン村         25人
    メーダリーサン村       25人
    ワテェインカッ村        60人
幼稚園児              ノート2冊
                    鉛筆1本
                    消しゴム1個
小学生以上             ノート4~6冊
                    鉛筆1本
                    消しゴム1個  
                    ボールペン1本
                    定規1つ

経費報告
  
政府支給教科書                = 180,330Ks.
市販教科書                   = 266,850Ks.
鉛筆                       = 42,500Ks.
消しゴム                     = 42,500Ks.
定規                       = 33,750Ks.
ボールペン                   = 60,000Ks.
雨合羽                      = 90,000Ks.
ノート     390ダース(4680冊)    =507,000Ks.
  
合計           1,222,930Ks. =約12万2千円



 

2008年7月23日水曜日

アチンナレ第7回現地活動報告
           
           
第7回支援
場 所   :  LAPUTTA TOWNSHIP の村4つ
         DANICHAUNG Village
         PHOTIN Village
         CHITTEEKONE Village
         AYARTAW Village
支援日    : 2008年7月4日(金)~2008年7月10日(木)
支援物資 : 食料、お菓子、生活必需品、文房具用品、ウォーターガード


現地の様子

 今回は、前回一緒にデェーダイェ町の寄付に協力してくれた学生の一人が、友人たちとラプタ町の村へ寄付に行くというので、物資を託すことにしました。彼らの行った場所はデェダイェから更に南へ行った遠い町であり、日帰りでは無理な場所であります。また、そこから村へは船での移動となり、車や船に寝泊りするということで、外国人はおろか、なかなか個人的な支援ができない場所であります。実際、彼らが行ったときにも、ユニセフなどの寄付は届いていても、個人的な寄付は今回が初めてだったそうです。
 寄付の仕方もそれぞれの村で、それぞれ指示されたように寄付を行ったそうです。立派な僧院があり、村人みんなが被災を受けたとき僧院にお世話になっていたという村は全てをお坊さんに寄付し、お坊さんを通して村人に手渡されました。また、ほかの村では村人たちを呼び集めて、一世帯一世帯名前を呼び上げ物資を手渡しました。また、ほかの村では道に順に並んでもらい、一人ひとりに物資を手渡ししました。ここ最近、寄付のやり方も厳しくなっているようで、その場その場、指示されたとおりに寄付をしていかなければならなくなってきています。
 今回寄付した物資はいろいろなところからの協力を得て、21種類にも及んだそうです。アチンナレとしてはウォーターガード80本とノート50ダースを寄付しました。ウォーターガードは4つ全ての村へ20本ずつ渡し、ノートは子供たちが多く、学校を見学できたDANICHAUNG村とAYARTAW村へ寄付してくれたそうです。ウォーターガードは使い方がわからないというので、きちんと説明し、使用するようにと指導もしてきたそうです。また、ノートは先生及び、子供たちがとても喜んでくれたそうです。学校が始まったにもかかわらずノートがなくて困っていたところへの寄付だったので子供たちはとっても大切そうに受け取ってくれたようです。


今後の支援活動について

 先生が日本に帰ってきた際、先生と私たちが直接話し合う機会をもつことができました。やはり広範囲に及ぶ寄付は無理であり、先生の行動できる範囲での寄付となると、制限がつけられることから、今までやってきたデェーダイェとクンジャンゴンへの食料、及び、文具の寄付を中心に行っていきたいと思っています。しかし、そうは言っても、今回のラプタのように被害が大きいにも関わらず、支援物資がまだまだ足りていない場所もあるので、そういった場所へ信頼できる先生の知人や学生が行くというときには金銭面、もしくは物資面で協力していきたいと思っています。


支援物資

ウォーターガード         80本
ノート               50ダース(600冊)
ノート               80ダース(960冊) 

経費報告

ウォーターガード   80本           = 32,000Ks.
ノート          50ダース(600冊)  = 65,000Ks.
ノート          80ダース(960冊)  = 104,000Ks.
* このノート80ダースはまた違う知人が7月6日デェーダイェの村へ食料支援に行ったので、近くの学校へノートだけ寄付してもらいたいとお願いして託した分です。

合計             201,000Ks.=約2万円

2008年7月5日土曜日

アチンナレ@嘉悦大学!!




はい!
そうなんです、私たちアチンナレ、
嘉悦大学に遠征に行ってきました★★


きっかけは、私(竹本)とモンの授業。
私たちは、早稲田で「国際NGO協力論」という授業を一緒に履修しています。
その授業で教鞭を執ってくださっているのが、
内田和夫先生です。
(http://www.kaetsu.ac.jp/news/06-07-14.html)
その内田先生の本部校、
嘉悦大学で私たちの活動を紹介させていただくことになったのです!




一緒に行ったのは、
私、ナイさん、薦田くん、相原さん。私以外みんな男性です。
嘉悦大学はもともと女子大だったので、
きっと女性が多いはずー☆と、
みんな勝手に期待に胸を膨らませて臨んだのでした♪♪






が、しかし(笑)


3時間目の「経営と政策」の授業の214教室のドアを開けたナイさんと私は、


「ぽか~~~ん」


としてしまいました(笑)
というのも、50人弱の教室にひしめき合うBOYS, BOYS, BOYS.....!!!

でも動揺したのは私だけだったようで(笑)、
なにせ女子高のようなクラスで高校時代を過ごしたものですから・・・
それもはじめだけで、すぐに薦田くんも到着し、
徐々に落ち着いて話をすることができました。

みなさん熱心に私たちの話に耳を傾けてくさだいました。
本当にありがとうございました。

授業は、はじめの30分で私たちのプレゼン、
その後10人ぐらいのグループにアチンナレメンバーが1人つき、ディスカッション、
そして全体のまとめ、という流れでした。


5限の「ボランティア論」では女性の割合もぐーーーーんと増え、
ナイさんも薦田くんも、そして5限から参戦した相原さんも
ほっとひと安心(笑)といった様子でした。



グループディスカッションの中では、
私たちの活動を広めるにはどうすればいいのか、
気軽に取り組めるボランティア・国際協力にするには、といったアドバイスをいただきました。


また、授業の最後には、
内田先生の奥様が私たちのために作って、提供してくださったクッキーを
クッキーエイドという形で、
100円以上寄付してくださった方にプレゼントさせていただきました。
本当にたくさんのCUTEなクッキーを、奥様、ありがとうございました!

ミャンマーでは100円で米、肉、野菜の入った食事を2食分用意することができます。
寄付にご協力くださったみなさまもありがとうございました。




今回は同年代の方を相手に話すということで、学ぶべき事が多かったです。
また、普段は自分の大学しか知らない私たちですが、
今回嘉悦大学を体感できて本当に楽しかったです。
内田先生、貴重な機会を与えていただき、本当にありがとうございました!!!



また、暗闇の中、
「ブログ用の写真なんですけど、シャッター押してもらえませんか・・・?」
という怪しいお願いにこころよく乗ってくださった嘉悦大学の学生さん!
ありがとうございました!!!


こっちは門を出てすぐそばでのショット。
フラッシュが付くか気になってポーズできない薦田が愛らしい(笑)
そしてなんともナイさんがキまっててかっこいい(笑)

一番上にあるのは、帰り際、
「あーーーこっちの方が大きい!!」と、
「私、『学』~!!!」
「俺、絶対『悦』~!」と、のりのりで撮った写真でした(笑)

2008年7月4日金曜日

6月28日(土)                        One World, Loving World@代々木公園

今日は、代々木公園でOne World, Loving Worldというイベントがありました。
久しぶりに気持ちよく晴れ、外で遊ぶのにちょうどいい陽気でした。
アチンナレのメンバーは私、相原さん、冬子さん、ユユ、ルーシーが参加しました。

このイベントは私の友人であるLee ChyiさんとJadeさんが企画してくれたもので、イベントの趣旨は、ミャンマーのサイクロン、四川の地震などを含めた自然災害によって亡くなった人たちに祈りをささげ、世界平和を願うことです。
このイベントにはアチンナレを含めて4つの組織が参加しました。

はじめは、子供たちと一緒に遊んだり歌を歌ったりしながら、参加者に各団体の活動を説明して、このイベントの意味を理解してもらう予定でした。しかし、ポスターを貼ったり、ビラを配ったり、手品やジャグリングをして人を集めようとしましたがほとんど集まりませんでした。なので、自分たちでこのイベントを楽しむことにしました!!!

まず、外が明るい内に大きな黒い紙の上に、一人一人が横になって、それぞれの体の型を、それぞれ違う色のクレヨンで縁取りました。これは………





次に、みんなでリレーや綱引きをして楽しみました。

ゲームが終わるころには日が暮れてきましたから、ハート型にろうそくを置いて、みんながそれに火をつけて、平和をハートのしるしで表しました。



さっきの黒い紙の上に描いた人型は、犠牲者たちの魂を表していて、その上にろうそくを垂らし、犠牲者たちの魂が天国に行けるように光で導きました。


最後に、20分くらいメディテイション(瞑想)を行いました。



これを終えると9時半くらいになり、今日のイベントは終わりました。


2ヶ月間の間に、ミャンマーではサイクロン、中国の四川省、日本の岩手・宮城では地震が起きて、たくさんの犠牲者が出ました。今まで、アチンナレは被災した人々のこれからのために支援を行ってきましたが、今日のように亡くなった人々のためのイベントに参加できたことはとても意味のあるもので、大切な時間をすごすことができたと思います。


このイベントを企画してくれたLee ChyiさんとJadeさん、ありがとう。このイベントに参加してくれたみなさんほんとうにありがとう。

by キンキン