2008年12月29日月曜日

アチンナレ第16回支援報告

                             2008年12月5日
第16回支援
場 所  : DEDAYE(デイディエー)の村
       チャウンピャー村、モーアイ村
        テーコンリー村、マンゲーリー村
出発日  : 2008年11月17日(月)
出発時間 : 午前6時~午後6時半
参加人数 : 7名
支援物資 : 古着と毛布(学生からの寄付)、学生の制服(前回の残り)
        帽子、ノート、鉛筆、消しゴム 

現地の様子
 今回は最後の支援ということで、残りの義援金の範囲内での支援となりました。
そこで、4つの小学校への文房具の寄付としました。どこの学校もあまり支援が行
き届いていない様子で、サンダルのない裸足の子供たちが目立ちました。建物や、
町はだいぶ回復され、稲穂が揺らめいていました。
 今回はKhin Khin Htwe さんのおばさん(デイディエー在住)がお昼ご飯に
モヒンガー(手作り)をご馳走してくれましたので、昼食代はかかりませんでした。
支援活動を終えてこれで最後の支援になるかと思うと、愛先生自身も少しさびしいような気がしたようが、子供たちや村人からのお礼の言葉や、笑顔はかけがえのないものとなりました。短期間の寄付ではなく、長い目で見た長期にわたる支援活動ができたことをうれしく思いました。
 ミャンマーサイクロン復興支援会「アチンナレ」を始め、ミャンマーの方々、日本の方々からの義援金をもとに、5月から数回にわたって支援活動を行ってまいりました。お金の面だけでなく、支援活動を一緒に手伝ってくれた現地の人々、そして学生たちなど、本当にとても多くの方々の協力を得ての支援となったことにとても感謝しております。本当にありがとうございました。また私自身、支援活動を通して多くのことを学び、よい経験になりました。


支援物資
ノート             250ダース(3000冊)
鉛筆             250ダース(3000本)
消しゴム          740個
子供用帽子        750個
先生たちへ布       24枚
子供用征服 シャツ    7枚 
ワンピース        7着
ズボン          5着
古着、毛布       (学生からの寄付)

チャウンピャー村
児童数 149人(幼稚園~小学4年)     教師 4人
モーアイ村
児童数 205人(幼稚園~小学4年)     教師 7人
テーコンリー村
児童数 234人(幼稚園~中学3年)     教師 8人
マンゲーリー村
児童数 136人(幼稚園~小学4年)     教師 5人

子供たち一人につき    帽子 1つ
子供たち一人につき    消しゴム 1個
子供たち一人につき    ノート 4冊
子供たち一人につき    鉛筆 4冊
教師一人につき      布 1枚

 なお、文房具の余ったものは学校の校長先生に託しました。また、帽子のあまった
ものについては道路の舗装工事をしている人々たちに配りました。これは行きの道
で暑い中、一生懸命働いている姿を見て、どうしても帽子を上げたくなったので、
帰り道に配りました。


経費報告
ノート       250ダース×1550Ks.       = 387,500Ks.
鉛筆       250ダース× 520Ks.        = 130,000Ks.
消しゴム     470個               = 31,500 Ks.
帽子       750個               = 1,174,200Ks.
布        24枚                 = 48,000Ks.
その他  物資仕入れにかかた交通費(文房具)= 13,000Ks.
物資運び賃(分道具)                = 5,800Ks.
タクシー代(学校~船着場 往復)         = 14,000Ks.
船代(ヤンゴン~ダラッ 往復)           = 200Ks.
乗り合いタクシー代
(ダラッ~デェーダイェ 往復2台分)       = 48,500Ks.
ジープ代 = 25,000Ks.
水代                          = 1,000Ks.
相殺(村松)                     = 6,334Ks.

                     会計1,878,700Ks.
                        (約18万7千円)
        

アチンナレ第15回支援報告

                   2008年12月5日
第15回支援
場 所   : DEDAYE(デイディエー)の村
        チョウンテェイン村
出発日  : 2008年10月27日(月)
出発時間 : 午前6時~午後7時
参加人数 : 7名
支援物資 : 米、豆、玉ねぎ、じゃがいも、古着(日本からの寄付)、
        帽子、ノート、鉛筆、消しゴム

現地の様子
 今回は、比較的大きい村へ訪れ、その村にある学校への文房具の寄付と、村人へ
の食料寄付を行ってまいりました。
 村も、学校も今までに寄付は一度しか来ておらず、子供たちも、村人もとても喜ん
でくれました。また、人口が多かったにもかかわらず、村人たちがとても協力的だ
ったために、思ったより時間もかからず、スムーズに支援活動が進みました。また途中、二手に分かれて、修道院がやっている学校にも顔を出してきました。
 ここは、修道女たちがボランティアで行っている学校で、とても貧乏な子供たちが
通っているそうです。しかし、ちょうど飛び石連休のため、月曜日もお休みとなっ
ていたため、子供たちの姿は見られませんでした。よって、寄付の品物だけそこの
代表者に託してきました。サイクロンのときは、多くの人々がこの教会に避難して
いたそうです。建物の損傷はあまり見られませんでしたが、ステンドガラスが割れ
ており、当時の被害の様子が脳裏に浮かびました。
 気付を終えて、帰るときに子供たちがもらった帽子をかぶって笑顔で手を振って
くれた姿がとても印象に残っています。雨季が終わり、乾季に入り、日差しが強い
中を歩いて登下校する子供たちには帽子がとても重要なものだと感じました。また、
ところどころに稲穂が揺らめいている様子が見受けられ、近いうちに稲刈りされ、
そろそろ、自分たちで食料の確保ができるのだろうなあ。とも感じました。一日も
早く、その日が来ることを願ってやみません。


支援物資

米              100袋
豆              15袋
たまねぎ          15袋
じゃがいも         15袋
ノート 205ダース    (2460冊)
鉛筆 205ダース    (2460本)
消しゴム          500個
子供用帽子        500個

チャウンジー村
世帯数   758世帯          人口 3121人
児童数 ①246人(幼稚園~小学4年) 135人(中学生)
教師数 6名
②218人 (幼稚園~小学4年生) 教師数 5名


一世帯につき            米            3ビー
一世帯につき            豆            1ベイタ
一世帯につき            じゃがいも       1ベイタ
一世帯につき            玉ねぎ         1ベイタ
子供たち一人につき        帽子          1つ
子供たち一人につき        消しゴム        1個
学校の子供たち一人につき  ノート            4冊
学校の子供たち一人につき  ノート            6冊
学校の子供たち一人につき  鉛筆             4本
学校の子供たち一人につき 鉛筆             6冊
学校教師一人につき                   10,000Ks.
学校教師一人につき                   20,000Ks.
なお、文房具、帽子の余ったものは学校の校長先生に託し、食料のあまったものに
ついては、手伝ってくれた人々に大目に渡し、残りはお坊さんに託しました。


経費報告
米           100袋×13500Ks.      = 1,350,000Ks.
玉ねぎ         15袋             = 322,619 Ks.
じゃがいも       15袋             = 351,365 Ks.
豆           15袋             = 380,100Ks.
ノート         205ダース×1550Ks.    = 317,750Ks.
鉛筆          205ダース× 520Ks.    = 106,600Ks.
消しゴム        500個           = 33,500 Ks.
帽子          500個            = 790,400Ks.
教師への寄付金     11人分         = 160,000Ks.
袋           30パック           = 16,500Ks.


その他
物資仕入れにかかた交通費(文房具)     = 13,000Ks.
物資運び賃(食料)                = 12,500Ks.
タクシー代(学校~船着場 往復)       = 17,000Ks.
船代(ヤンゴン~ダラッ 往復)          = 200Ks.
乗り合いタクシー代
(ダラッ~デェーダイェ 往復2台分)     = 47,000Ks.
ジープ代                     = 20,000Ks.
昼食代 +水                   = 9,500Ks.
古着受け取り                  = 4,000Ks.

                  合計 ―3,952,034ks.
                       (約39万円)

2008年12月11日木曜日

アチンナレ活動報告会

                            平成20年12月11日
ご協力いただい皆様
                    学生によるミャンマー・サイクロン復興支援会
                               「アチンナレ」代表 竹本奈央
                                       〒102-0083
                    東京都千代田区麹町4-3-3岩國育英財団内

            「アチンナレ活動報告会」のご案内

拝啓 初冬の候、ますます御健勝のこととお喜び申し上げます。平素は格別のご高配を賜り、厚くお礼申し上げます。
 さて、私たち「アチンナレ」は、5月のミャンマー・サイクロン発生時より当月に至るまで、学生による緊急復興支援を行ってまいりました。ここまで活動を続けてこられましたのも、皆様のご協力あってこそのものと存じます。
 そこで今までの私たちの活動に、ご協力いただいた皆様に、感謝するとともに活動の報告をお伝えする機会があればと存じております。
 ご多用中、誠に恐縮ではございますが、「アチンナレ活動報告会」を下記のとおり開催したくご案内申し上げます。ぜひご来臨くださいますようお願い申し上げます。
                                                 敬具

                             記

日   時: 平成20年12月23日(火)
        受付   ―13時30分
        開始   ―14時00分
        終了予定 ―15時00分
場   所: アジア文化会館(ABK)
        101号室
        東京都文京区本駒込2丁目12番地13号
        電話:03-3946-4212
         ●JR山手線 駒込駅(南口)または巣鴨駅より徒歩10分
         ●都営地下鉄三田線  千石駅(A1出口)より徒歩3分
         ●東京メトロ南北線 駒込駅または本駒込駅より徒歩10分
 その他   :(報告書は当日に配布させていただきます)

                                          以上

2008年11月27日木曜日

冬子の支援感想

 今回私は9月17日から22日にかけてミャンマーに滞在し、そのうち18日~20日の3日間DEDAYE(デェーダイェ)のTaw Pa Yone村とDa Ni Pat ,Maw Bi Su村、デェーダイェの町の Aung Min Ga Lar学校の支援に同行させていただきました。
 様々な場面で、日本での募金活動とは違った大変さを感じられた一方で、実際に物資を受け取っている人々と直接ふれあい、生活の様子がわかったことが本当に貴重な経験となりました。
まず、ミャンマー全体の様子としては、大木が倒れているなど随所にサイクロンの爪痕が見られましたが、だいぶ回復も進んでいるようでした。人々が少々元気を失っているのではないかと予想していきましたが、それとは裏腹に、渡し舟や市場に響く売り子の声、爆走気味のタクシー運転手やサイカーを乗りこなす人々をみて、活気ある国だなという印象を持ちました。そうかといって人々にせかせかした様子はなく、日本のように忙しそうに足を動かしている人をあまり見かけませんでした。とてもゆったりした気分になれる国です。

   ヤンゴンからデェーダイェに入るときは舗装されていない道路をガタガタと揺られながら行きました。長時間の乗車に加え、猛スピードで事故の心配も絶えなかったため、これだけでも結構疲れました。ただ、途中続いていた、葉っぱで造られた家並みがとても美しく、見ているだけで楽しめました。住人の暮らしを想像して、うらやましく思ったりしました。
 デェーダイェの町から1、2日目に行った各村まではトラジーと呼ばれる原付3輪車と舟を使いました。小川の周りには草原が広がっており、水牛なども見られました。川で水浴びや網漁をしていて、生活感がありました。

 せっかく現地の支援に参加することが出来るのだから、少しでも何か役に立てたら良いなと思っていました。しかし当然のことながら、実際に私が率先して支援を手伝えることはなく、ただ同行したミャンマー人たちの手際の良い準備と慣れた指示に、まごまごしながら見様見真似で従っている感じでした。村人や子どもたちに物資を配るときはすくって入れる作業の繰り返しです。特に男性は豆やたまねぎなどの重い袋を何回も開けるなどしていて、疲れるだろうと思いました。さらに時間に追われる感じで(特に1度に2つの村に支援を行った2日目は時間がありませんでした)おいしいお弁当も素早く食べました。現地で実際に物資を配ってくれている人々の大変さが身にしみて感じられました。

 一方で、物資を配るときに子どもたちや村の人々と実際に接することが出来るのが醍醐味です。Taw Pa Yone村の子どもたちは初めとても緊張していました。学校の中も蒸し暑く、1日中過ごすのは大変だろうと思われました。“どうぞー”など日本語でいって帽子を被せてあげましたが表情が硬く、無反応な子供も多くいました。ただ、何もしゃべらないのに、こちらを見つめてくる目が印象的でした。また服装がお洒落で、よく着込んで擦り切れたりしている柄入りワンピースが、とても可愛いかったです。生活物資は村のバゴダで配りました。
 一緒に油を配った村のおばあさんは、ずっとミャンマー語で話してくれました。一つ一つの単語は分かりませんが、なんとなく言いたいことが分かりました。“どうぞー”にあたるミャンマー語、“ユバー”をおばあさんから教えてもらい“ミンガラーバ”(こんにちは)とともに実践したところ、言うたびに村の人々が笑ってくれて嬉しくなりました。

 お坊さんに挨拶をして帰るとき、学校の前を通ると先程とは打って変わって元気になった子どもたちがはしゃいでいました。“タター!!”(バイバイ)と手を振ると、子どもたちが笑顔で手を振って返してくれて、心温まる思いがしました。
 ミャンマー語をほんの少しでも覚えようとすることが、ミャンマー人と打ち解けられる、良いコミュニケーションの第一歩なのだと気づきました。
 2日目のDa Ni Pat村とMaw Bi Su村は、村に入るなりとても整備されている印象を受けました。嬉しそうな表情の子どもたちや緊張して泣き出してしまう子どももいて、様々でしたが、皆かわいらしく、良く勉強しているようでした。声を揃えて歌ってくれた歌が素敵でした。

  前から覗いてみたいと思っていた、葉っぱの家をこの村で見学することが出来ました。強度は弱く、以前の家もサイクロンで壊れてしまったため新しく造り直したそうです。中には意外にも子どもの勉強机があり、川に臨んだ化粧室はとても風流でした。何時間でもそこでくつろげそうな雰囲気です。
生活物資の配給は、村人の数も多く暑かったため交代で休みながら行いました。疲れて次第に自分の表情が硬くなるのが分かりましたが、他の人の笑い声を聞くと、元気が沸いてくる気がしました。この日は“ヤバレー”(どういたしまして)や、“チャトー”(たまねぎ)、“あるー”(ジャガイモ)、“ペー”(豆)などを使ってみて、笑いをとりました。

 行き帰りの舟の中でも単語をたくさん教えてくれたので面白かったです。日本人が使っているというだけで皆笑ってくれるので私と薦田さんは得していた気がします。
 3日目に行ったデェーダイェ)の町の Aung Min Ga Lar学校の子どもたちは積極的で元気いっぱいだったのでこちらまで元気をもらうことが出来ました。前の日の夜、ミャンマーの子どもたちに関して、支援に行く学校の子どもたちは緊張しているので大人しいが、普段は日本の小学生よりも元気でうるさいのだという話を聞いていました。この学校を見て、本当にその通りだと納得し、とても安心しました。            
私は制服を配っていましたが、受け取るときにくるくるした目で、“ありがとう”といってくれたので、何度も抱きしめたくなりました。名前を教えてくれたり、勉強している英語のノートを見せてくれたりしました。ノートには“Do you like chicken?”“Yes, I do.”などと可愛いことが書いてありました。
 お姉さんたちのミャンマー語が面白いほど分からず、始終微笑みと少々のジェスチャーで会話していました。何の話が出来たわけではないけど、自分としてはとても仲良くなれたと思っています。出会ったミャンマー人は皆本当に優しく、親切で冗談も大好きで、人見知りな私でもすぐに打ち解けられました。

 私ミャンマーの「タナカ」という伝統的なお化粧をし、現地人に溶け込む作戦をとっていました。しかし中部出身の薦田さんのミャンマー人ぶりには到底かないませんでした。
  また、別に印象的だったことは、MOMIJIの学生のナイさんの話です。ナイさんはサイクロン直後からボランティアとしてNGOに参加していたそうで、直後の悲惨な話と活動の様子を聞かせてくれました。こうして今に至るまで現場で頑張ってくれていた人がいるということに改めて気づき、日本では感じられなかったリアルさにドキッとしました。

 愛先生とはデェーダイェに行く前後にお会いしましたが、すごく元気で、ミャンマー語で学生たちと冗談を言い合っているのに、同じ日本人としてびっくりしました。私は1回だけ行き、様子を見ただけですが、休日を返上してこうした支援に中心的存在として何度も行ってくださったことを本当にありがたく感じました。
 ミャンマーにいる時間は短かったですが、多くの発見があり、ミャンマーに対する見方も変わりました。現地支援にも行くことが出来て本当に良かったです。やはり百聞は一見に如かず、なのですね。
(冬子)

2008年11月22日土曜日

薦田の支援感想

ヤンゴンから、DEDAYEの町までタクシーで悪路を2~3時間。
支援の対象となる村々までは、さらにボートで1時間以上もかかる。
私たちにとって初日の18日は、移動に半日を費やした。
ボートは、大きな川を進んで行ったというよりも、水田の間を縫って行った感じだ。
ただ、周りは水田以外何もなく、家も何kmかごとに1軒あるだけで、とても開けていた。
景色もきれいだった。

村に到着。最初に、児童に文房具・帽子を配った。
私の予想に反して、子どもたちは静かで、怖がっているように見えた。
「俺たち、何も悪いことしないよ!危害は加えません!」
と心の中で思ってみても、子どもたちは黙ったまま。
若干腑に落ちないまま(支援に来ているのに、なんで怖がられなきゃいけないのだろう)、私は、並んでいる児童に消しゴムを渡していった。
威圧的にならないように、子どもと目の高さを合わせて。
「消しゴム、どうぞ」とビルマ語で話しかけながら。

しばらくすると子供たちの話し声が聞こえるようになってきた。
自分のもらった帽子を自慢したり、友達のものと比較したりしているらしい。
笑い声も絶え間なく聞こえるようになった。
なるほど。
たとえ最初は、どこの誰だか分からないような人がいきなり来て驚いていたとしても、
こちらの気持ちを行動で示せば、分かってくれるのか。
子どもたちは単純に帽子や文房具に夢中なだけだろうけど、
それはこちらの狙いでもあるわけだし。
子供たちの笑顔には、とても励まされた。
(2日目は子供たちがミャンマー国家(!?) を歌ってくれて感動した。)

次に、村の人々に、米・野菜などの生活物資を支援した。
こちらは、村人の生活がかかっているだけに、より緊張感があった。
無愛想に受けとる人もいた気がするが、それは私がとやかく言う問題ではない。
とにかく支援物資が有効に使われればいいと思う。
お母さんに連れてこられた赤ちゃんたちはかわいかった。

2日目の帰りのボートでは、みんなで水をかけあって遊び、とても楽しかった。
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全体を通しての感想としては、

・日本で集まったお金が形になるまでの過程を見ることができてよかった。
5月頃キンキンたちとアチンナレの計画を話し合った時、
愛先生やキンキンの家族、学校の生徒などの知り合いのネットワークを生かして…
ということを聞いたが、そのネットワークの一端を担っている人たちと直接触れ合えてよかった。(本来は初期段階から知り合っているべきだったかもしれないが)
「日本で集まったお金は、こういう人たちの協力で支援物資に変わり、適切に使われている。」
と、これまで以上に胸を張って言えるようになった。

・支援の大変さを少しは知ることができた。
実際に体を動かして物資を配るのは本当に大変だった(お米は特に大変(笑))。
でも、支援物資を前もって手配して被災地に送る、などの準備もあったようであり、
その辺には関われなかった。

・「100%届く支援」の実現は本当に大変なのだと実感した。
我々活動メンバーには内緒で、物資受け取りに(!?) お金が必要と偽って
村人からお金をせしめようとする輩がいたらしい。
物資を100%届けたい一心で活動しているメンバーの陰で、
自分の利益だけを考え、人を欺く者がいい思いをすることは許されないと思った。
と同時に、理想の実現はやはり簡単ではない、ということを改めて知った。

【番外編】
・DEDAYEのおばさんの話
「自分は今回の支援活動に参加することで、
『被災者を助けたい』という自分一人では遂げられなかった思いを実現している」
少し新鮮な視点だった。支援活動は、被災者だけにいい影響を及ぼしているのではない、ということを実感した。

最後に、今回の支援に携わった全てのみなさん、日本の方もミャンマーの方も、そしてそれ以外の国の方も、本当にありがとうございました。

(薦田)

2008年11月14日金曜日

アチンナレ第14回支援報告

                           2008年10月1日
第14回支援

場 所  :      DEDAYE(デェーダイェ)の学校
               Aung Min Ga Lar学校
出発日  :      2008年9月20日(土)
出発時間 :      午前9時~午後11時
参加人数 :      7名
支援物資 :       子供用制服、ノート、鉛筆、ボールペン、消しゴム、帽子


現地の様子

 第13回の支援活動後、MOMIJI学校の学生たちのうち二人が私たちとともに現地に泊まりました。早朝起きてみんなでデェーダイェ町のパゴダ(Pagoda)に観光に行きました。朝から雨が降っていました。
 10時になったらデェーダイェ町にあるAung Min Ga Lar学校に支援に行きました。学校は9時に始まるのですが、学生が全員集まるのはちょっと遅いので10時ぐらいに学校に向かいました。今回この学校を選んだ理由は、この学校はデェーダイェ町にある学校の中で一番貧しい学校だからです。なぜ貧しいかというと、デェーダイェ町は小さいが区によってお金がある学校もありますが、この学校は一般の人たち、労働によって生活している人たちの子供たちが通っている学校だからです。町の郊外にあるので、村々の子供たちよりはいい方ですが、教育支援は必要としている学校です。 
 私たちは主に、デェーダイェ町を抜けて支援が届きにくい村などを優先的に支援しています。しかし、今回は支援を必要としている学校なので、町にあろうが地方にあろうが教育支援はしたいと思って、この学校だけ支援することに決めました。家からサイカーで学校まで行きましたが、着く前に道が狭くなっているので途中で歩いて行きました。学校は建設中で、電気が全然ありません。外はすごく雨が降っているため校内は暗くなっています。その中で頑張って勉強している子供たちは大変だろうと思いました。私たちが学校に入るとみんな一斉に挨拶をしてくれました。そして、その日にちょうど机といすを寄付する人もいました。
 ずっと前まで机なしでしたが、今日は机と椅子も来るし、私たちから文具や制服などももらえるということでみんなすごく喜んでいたようです。元気な子供たちでした。みんなそれぞれ制服を着ていますが、その中には古くて色がない制服を着ている子供たちが多かったです。私と薦田君はそれに気づきました。最初に四年生たちから配りました。22人登録なのに18人しかいないので、なぜですか?と校長に聞いてみました。一人は風邪で学校を休んでいるが残りの3人は大きな高等学校に行って作文コンテストを受けているから今日は学校に来られないということを聞きました。
 将来優秀な学生たちが出て来たらいいなあ~と思いました。みんな頑張って勉強しているということが印象的でした。そして、今回の学校の特徴は、みんな仲良くしているということです。一人の子供は、自分のノートの中が少し破れているから良いノートに変えてほしいのに、私たちに言えないから困っているようでした。そうすると、一年上の女の子がそれを分かって私(キンキン)に変えてくれませんか?と勇気を出して聞きました。私はすぐにいいですよ!と言って変えてあげました。自分のノートじゃなくて他の人のために言ったことなので“妹は偉いですね!”と褒めました。可愛い子供でした。このように、お互いに助け合って生きることは大事だということを子供たちはサイクロンをきっかけに分かったようです。
最後に先生たちに1万チャット渡して、子供たちとあいさつして別れました。今日も子供たちの笑顔と元気な声はすごく可愛かったです。

今後の支援活動について
 
 今日の支援は私が一時帰国中の最後の支援活動参加です。薦田君と冬子さんもこれで現地の活動の様子がわかったと思います。実際に参加して、ミャンマーってどういう国ですか?どういう人たちが生活しているのですか?自分たちの活動はどんな内容でやっているのですか?ということを二人は体で感じて分かったと思います。二人にもちゃんと感想の報告書を書いてもらうようにお願いしました。
 今回ミャンマーに帰って一番良かったことは私自身も向こうの支援活動がどれぐらい人の役に立っているかを実際に見られたことです。その上、それを報告書を通じて皆さんに分かってもらえたら最高だと思います。今月で支援活動を5回行いましたが、義援金はまだ残っているので愛先生にお願いして後一回ぐらい行ってもらうことにしました。
 仕事の傍ら支援活動も頑張っている愛先生には本当に感謝しています。日本語を教えてくれるだけではなく私たちをいろいろな面で指導してくれる先生のことは一生忘れられないと思います。これからも私たちを続けて見守って下さい。お願いします。本当にありがとうございます。
    
    
 

支援物資
ノート                  55ダース( 660冊)
鉛筆                  620本
ボールペン               160本
消しゴム                 160個
子供用制服               153枚
子供用帽子               153着
先生一人につき            10,000Ks
 
Aung Min Ga Lar学校
   児童数 153人 教師数   6名
      幼稚園児      41名       1年生  33名
      2年生       29名        3年生   28名
      4年生       22名


  
子供たち一人につき     学校の制服          1着
子供たち一人につき      帽子              1つ
子供たち一人につき      消しゴム            1個   
学生一人につき       ノート               4冊
学生一人につき       鉛筆                 4本   
学生一人につき       ボールペン            1本


4年生たちには一人につきノート2冊プラスして配りました。


経費報告
 


   教師への寄付金  6人分          = 60,000Ks.
その他
   
乗り合いタクシー代
 (デェーダイェ~ヤンゴン帰り1台分)     = 23,000Ks.
サイカー代(学校まで)             = 6, 000Ks.
水と食事代                    =3,000Ks.
    


           合計     92,000Ks
                  ( 約1万円)

2008年11月10日月曜日

アチンナレ第13回支援報告

                           2008年9月28日

第13回支援
  場 所  :     DEDAYE(デェーダイェ)の村
              Da Ni Pat村,Maw Bi Su村
  出発日  :     2008年9月19日(金)
  出発時間 :    午前6時~午後9時
参加人数   :      12名
 支援物資  :   米、豆、玉ねぎ、じゃがいも、油、ポスター、
             子供用制服、ノート、鉛筆、ボールペン、消しゴム、帽子
    
 18日の支援の後、わたし(キンキン)と冬子さんと薦田君の三人は現地に残り、ヤンゴンから来るMOMIJIの学生参加者たちを待っていました。今回は二日間連続で支援したので、行ったり来たりした参加者たちは大変だったと思います。私たちは現地に泊まることが出来て良かったのですが、大変だった彼らには本当に感謝しています。本当のボランティア精神がないとできないことだと思います。MOMIJI日本語学校の学生たち、ご協力本当にありがとうございます。

現地の様子

 今回選んだ村々は困っていて、実際に支援が入りにくい遠い村々だったので、二つの村を一日で配ることができるようにハードなスケジュールを立てました。ヤンゴンに帰る時間の問題で、一日で二つの場所に配るには、二つの村の中に川があるため一つの村を選んでもう一つの村の人々には小さい船でこちらの村に来てもらって支援を受けてもらうことにしました。そのため、前もって現地の人たちにアナウンスしてもらい、当日待っているようにお願いしました。今回は二つの村ですし、支援物資の量もかなり多いため前もって送りました。
 ヤンゴンから学生たちが着くとすぐに、トラジに乗ってボート乗り場に行きました。ボートの中ではみんな仲良く話しをしたり、日本での募金活動の説明などをして、一時間以上があっという間に終わってしまいました。村に着くとすでに11時半くらいになっていました。
 着いたらすぐ学校に行きました。今回の学校はDa Ni Pat村の学生だけではなく隣の村々の子供たちも通っている学校でした。小学校なのに189人もいました。ユニセフの寄付で簡単な材料で建て直しているのですが、かなり広くて風通しがいい明るい学校でした。しかし、先生は4人しかいませんでした。こんな大勢の学生たちを4人だけで責任を取るのはとてもむずかしいと思うし、頭が下がる思いでした。日本では全く考えられないことだと思います。
  四年生から文房具を配り始めました。子供たちはすごく元気でした。自然に笑っている子供たちの笑顔は眩しかったです。いつものように先生たちには1万チャットずつ渡しました。子供たちとみんなで拍手して先生たちを精神的に支えました。最後に子供たちが私たちへのプレゼントとして“ミャンマー国家”を歌ってくれました。彩の帽子をかぶって歌っている子供たちを見て感動してしまいました。彼らから勇気をもらいました。何があっても負けずに頑張って生きることは大事だというのを教えてくれました。
それからすぐ支援物資を配るため準備をしました。前もって送っている物資はちゃんと届いているどうか数をチェックしてから配り始めました。場所は狭かったのですが、村人たちはすごく協力的でしたし、しっかりしているのが印象的でした。二つの村ですが、船で待っているMaw Bi Su村の人達を優先的に最初に配りました。それから、Da Ni Pat村の人たちに配りました。各世帯の代表を呼んで、あげたので全員に届いたのは確かです。世帯数が多かったため、みんな汗をかいて頑張りました。担当を決めて交代でやりました。薦田君はお米を配るのに頑張ってくれました。時間が結構かかりましたが、今日も順調に終わりました。僧院に行きたかったのですが村から少し離れているし、時間もないため行くのをあきらめました。しかし、余ったお米1袋は僧院に送ってもらいました。
  帰る前に大雨が降りそうだったのでボートを二つに分けて帰りました。途中で水祭を行いました。お互いに水を掛けて楽しい一日でした。支援している人たちのことですが、みんな若者なのでたまには楽しく、仲良く、交流しても悪いことではないと思います。“愛の絆”はこれからだと思います。


今後の支援活動について
 
 サイクロンが起きて5か月ぐらい立ちましたが支援はまだまだ必要です。時間が立つにつれて、みんなミャンマーのことを忘れてしまうと思いますが、できるだけこの活動を通してみんなの心の中に残るようにしたいと思います。向こうの被災者たちにもたくさんの人たちが応援していることを知ってもらいたいです。家族、子供、仕事すべてを失った人たちは大勢います。私たちの活動では彼らが元の生活に戻れるような支援はできませんが、少しの物資を配りながら精神的に応援する方法が一番いいと思います。
 お金を配ったらどうですか??と言われましたが、それはあまりにも簡単です。お金の使い道としては一番いいのかもしれませんが、悲しんでいる人にお金を渡してもそれは精神的な支えにならないと思います。私たちは被害を直接受けていません。だからこそ、汗を流して人を助けることは両方ともに意味があると思います。実際においてもミャンマー政府はお金を配るのを禁止しています。これからも大変だと思いますが、物資を調達して配ることに頑張って行きたいと思っています。
  

支援物資

米                       107袋
豆                       19袋
たまねぎ                    15袋
じゃがいも                   13袋
油                       15ボン
ノート                  65ダース(  780冊)
鉛筆                      770本
ボールペン               200本
消しゴム                     200個
子供用制服                    189枚
子供用帽子                    189着
ポスター(ユニセフの寄付)           100枚

Da Ni Pat村


       世帯数   292世帯 児童数 189人 教師数   4名
      幼稚園児    71名       1年生   30名
      2年生      29名       3年生   28名
      4年生      31名

Maw Bi Su村

  世帯数 220世帯
  
一世帯につき        米               5ビー
一世帯につき        豆              1ベイタ
一世帯につき        じゃがいも           1ベイタ
一世帯につき        玉ねぎ             1ベイタ
一世帯につき       油               25チャッター 
子供たち一人につき    学校の制服         1着
子供たち一人につき    帽子             1つ
子供たち一人につき    消しゴム          1個   
学生一人につき      ノート             4冊
学生一人につき       鉛筆             4本   
学生一人につき      ボールペン          1本
教師一人につき      10,000Ks.
学生一人につき      ポスター         1枚 (ユニセフの寄付)



経費報告
 
教師への寄付金  4人分         = 40,000Ks.


追加制服の会計

子供用制服ズボン      18着×1000      = 18,000Ks
シャツ             10着×2800       = 28,000Ks
その他
     タクシー代(学校~船着場 往復)       = 7,600Ks.
        船代(ヤンゴン~ダラッ 往復)       = 200Ks.
        乗り合いタクシー代
         (ダラッ~デェーダイェ 往復1台分)  = 57,000Ks.
        トラジ代                   = 6, 000Ks.
         昼食代                    = 17,300Ks.
      サイカー代(本をボート乗り場までの運賃) = 2,000Ks.



  


             合計     176,100Ks
                  約1万8千円

2008年11月2日日曜日

アチンナレ第12回支援報告

                           2008年9月27日

第12回支援
  場 所  :        DEDAYE(デェーダイェ)の村
                 Taw Pa Yone村
  出発日  :        2008年9月18日(木)
  出発時間 :        午前6時~午後9時
参加人数 :        12名
 支援物資 :        米、豆、玉ねぎ、じゃがいも、油、
              古着(日本からの寄付15キロ)、子供用制服
              ノート、鉛筆、ボールペン、消しゴム、帽子
  今回はアチンナレの中心メンバーである薦田君と冬子さんが日本から来て支援に参加しました。外国人を連れていくのはまだまだ厳しい状況ですが,MOMIJI 学校の学生たち、アシスタントたち、親戚の人たちの協力を得て無事に行くことができました。そんなに大変なのになぜ日本人を連れて行きたいの?と聞かれるかもしれませんが、彼らに新しい体験をさせたいというのと日本で募金を集めて送った結果どのように使われているのか、被災者たちにどれぐらい役に立っているのかを分かってもらいたかったからです。

現地の様子

  Taw Pa Yone村はデェーダイェの町から船で行かなければならず、また、遠いので支援の手が行き届いていないとのことでした。デェーダイェ町からトラジに乗ってボート乗り場に行きました。細い川なのでスピードを出して運転することは難しいし、実際に遠いので1時間半くらいかかりました。支援物資などは一緒に持って行けないので前もって村に送りました。
  昼間ぐらいに村に着いた後、僧院に行ってお祈りをしたり、お坊さんと話したりして、それから近くにある学校に行きました。ちゃんとした建物ではなく簡単な材料で作っている建物でした。机と椅子はほとんどなく、床の上に板を置いて、その上で勉強している子供たちの大変さを感じました。その学校の先生から、学校を立て直すために文部省に申請しているが、自分たちと同じ状況の村はたくさんあるので自分たちの順番がいつ来るか分からない状況で待つしかないという悲しい話を聞きました。
   早速文房具と制服、帽子などを配り始めました。子供達はユニセフの鞄以外何も貰ってないし、村の人々、私たち、大勢の人の前で受けることを怖がっていたようです。子供たちを応援しながら配ったら、4年生たちが初めてうれしそうな声を上げ、笑い声と笑顔がその小さい部屋にあふれていました。冬子さんと薦田君も子供たちの笑顔を見て楽しんでいるようでした。
  この村は前回の村のように500チャット払ってと言われているという噂を村の一人の叔母さんから聞きました。それで、お金はいらないということと私たちの支援の方針を村の人々の前で丁寧に説明しました。聞いている人たちは嬉しそうな笑顔で私たちを見ていました。それから物資を配りました。今回はその村の要求に応じて油を配ることにしました。入れるだけで時間がかかってしまいました。冬子さんは日本語が全く分からない参加者と現地の叔母さんと一緒に油を入れるのを担当してくれました。
  この村の人々も協力的だったので順調に終わりました。それから残ったお米、油をお坊さんに寄付してついでに薦田君と冬子さんが持ってきた古着15キロをお坊さんの手に渡して本当に困っている人々に配るようにお願いしました。
   

今後の支援活動について


  わたしたちの支援はお金を集めること、実際に配ることなどいろいろな状況で遅れているようですが、最初(サイクロンの直後)はたくさんの人たちが来て支援してくれていましたが、今はユニセフのほかに大きな団体しか動いていないという状況です。
  被害を受けた状況から見ると、私たちにできたことはわずかではありましたが、時期に応じて物資を変えることにより本当に必要なものを配っている私たちの支援は効果的だということを支援を通して感じました。彼らの喜びを頂いて私たちも心強くなりました。頂いた義援金の範囲で頑張っていきたいと思っています。
  今回は薦田君と冬子さんが現地に泊まって支援することになったため、18日から20日まで3回分の支援物資会計を一緒にしました。余っている物資は19日と20日に使う物資です。

支援物資

米                   38袋
豆                   7袋
たまねぎ                6袋
じゃがいも               5袋
油                   5ボン
ノート              37.5ダース( 450冊)
鉛筆                  450本
ボールペン               115本
消しゴム                115個
子供用制服               111枚
子供用帽子               111着

 Taw Pa Yone村

    世帯数 180世帯 児童数 111人 教師数   3名
      幼稚園児     41名       1年生   20名
      2年生      17名       3年生   17名
      4年生      16名

一世帯につき           米                  5ビー
一世帯につき           豆                  1ベイタ
一世帯につき            じゃがいも              1ベイタ
一世帯につき           玉ねぎ                 1ベイタ
一世帯につき           油                  25チャッター 
子供たち一人につき      学校の制服             1着
子供たち一人につき      帽子                 1つ
子供たち一人につき      消しゴム               1個
   
学生一人につき         ノート                 4冊
学生一人につき         鉛筆                  4本   
学生一人につき        ボールペン               1本
教師一人につき         10,000Ks.

* なお、米1袋と油2ベイタはお坊さんに、残った食料は配布を手伝ってくれた村人たちに分け、残った文具は先生に託しました。



経費報告

 


米           146袋×14000Ks.             = 2,044,000Ks.
玉ねぎ         21袋                       = 411,381 Ks.
じゃがいも       18袋                      = 297,156 Ks.
豆           26袋                       = 692,000Ks
油           20ボン                     =840,000Ks. 
ノート         60ダース×1550Ks.              = 93,000Ks.
鉛筆         100本                      = 4,000Ks.
消しゴム       20個×67Ks.                  = 1340 Ks.
ボールペン      200本×80                   = 16,000Ks
教師への寄付金   3人分                     = 30,000Ks.


その他 
物資仕入れにかかった交通費(文房具)         = 3500Ks.
タクシー代(学校~船着場 往復)             = 18,500Ks.
船代(ヤンゴン~ダラッ 往復)                = 200Ks.
乗り合いタクシー代
(ダラッ~デェーダイェ 往復4台分)            = 101,000Ks.
トラジ代                            = 6,000Ks.
ボート代                             = 12,000Ks.
昼食代                              = 10,100Ks.
愛先生が足りなかったお金                = 713,507KS.



  


                  合計       5,293,684Ks
                          (約53万円)






2008年10月19日日曜日

アチンナレ第11回支援報告

第11回支援
  場 所   :          DEDAYE(デェーダイェ)の村     
                   チャウンジー村、チース村
  出発日   :         2008年9月15日(月)
  出発時間 :         午前6時~午後9時
参加人数   :           12名
  支援物資 :           米、豆、玉ねぎ、じゃがいも、ポスター
                   古着(日本からの寄付)、子供用制服
                  ノ ート、鉛筆、ボールペン、消しゴム、帽子
現地の様子

今回は、日本留学中であり、サイクロン復興支援会の中心メンバーであるKhin Khin Htweさんが自分で調査し、支援が必要と感じた村への支援となりました。
 チャウンジー村はデェーダイェの町から船で行かなければならず、また、遠いので支援の手が行き届いていないとのことでした。チース村は以前食料の支援を行ったのみで、教育的支援を行っていませんでした。この村の子供たちへの支援は今までに届いていないということなので、今回は子供たちだけの支援となりました。
 
 チャウンジー村では子供たちが僧院の一角で勉強をしていました。幼児から中学生までの学生が机を囲んで勉強に励んでいる姿が印象的でした。子供たちそれぞれに文具のほか、制服および、雨季が終わると日差しが強くなるので帽子をあげることにしました。子供たち一人ひとりの手に物資を渡し、帽子はかぶせてあげました。 
 その後、村人へ食糧を配りました。物資を配る直前になり、問題が発生しました。誰が言い始めたのか、この物資を受け取るために各家庭300チャットずつはらわなければならないと言うのです。私たちが行ってきた支援場所ではそんなことまったくなかったし、こんなことになるなんて想像もつかなかったので、ただただ、驚くばかりでした。村人の中の誰かが私服を肥やすためにそんなことを言い始めたのだと思いますが、とても残念なことでした。それを聞きすぐに、Khin Khin Htweさんが村人に大声で「そんな事実はないこと。私たちは寄付のために来たのでお金を受け取るなんて事はしないこと。そんなことを言い出す人は前へ出てくるように」と訴えました。彼女のおかげでお金を渡して、物資をもらおうとしていた純粋な村人たちはお金を払わず、きちんと物資を受け取ることができました。ここでは残った物資のほとんどは、配る手伝いをしてくれた先生方や、村人たちに均等に配り終えました。

 次にチース村へ移動して、前回同様建築中の僧院で子供たちへ物資を配りました。以前は屋根がなく、物資を配るときに雨が降り出し、とても大変だったことを思い出しましたが、今回はトタン屋根が出来上がっていて、うれしく思いました。また、中には私を見て、「あ!あの人この間来た人だ!」と私を覚えてくれていた子供がいて、とても感動しました。



支援活動を終えて

  ミャンマーサイクロン復興支援会「アチンナレ」を始め、ミャンマーの方々、日本の方々からの義援金をもとに、5月から数回にわたって支援活動を行ってまいりました。お金の面だけでなく、支援活動を一緒に手伝ってくれた現地の人々、そして学生たちなど、本当にとても多くの方々の協力を得ての支援となったことにとても感謝しております。本当にありがとうございました。また私自身、支援活動を通して多くのことを学び、よい経験になりました。
 被害を受けた状況から見ると、私にできたことはわずかではありましたが、物資を届けに行った場所の人々へはきちんと物資が届いたのは確かであります。そして彼らから、心のこもった笑顔とお礼をいただいたのも確かであります。報告書を通して、それらが皆様にも届いていれば幸いです。
 まだ日本からもってきた義援金でKhin Khin Htweを始め、日本から来ているアチンナレのメンバーである東京大学の薦田さんと、一橋大学の学生の冬子さん、MOMIJIの学生たちが物資を届けに行っております(18日~20日)。今回オーバーした予算はその残った資金で埋め合わせをさせていただきます。
皆様、本当に、本当にご協力ありがとうございました。



支援物資

米                  70袋
豆                 12袋
たまねぎ             10袋
じゃがいも            10袋
ノート               4ダース(  48冊)
鉛筆               100ダース(1200本)
ボールペン           100ダース(1200本)
消しゴム             40ダース( 480個)
子供用制服           800枚
子供用帽子           126着
ポスター             230枚(ユニセフから)

 チャウンジー 
   世帯数     331世帯      児童数 226人      教師数   9名
      幼稚園児  40名       1年生   32名
      2年生   28名       3年生   21名
      4年生   29名       5年生   32名
      6年生   17名       7年生   10名
      8年生   16名

   一世帯につき              米                  5ビー
   一世帯につき              豆                  1ベイタ
   一世帯につき              じゃがいも              1ベイタ
   一世帯につき              玉ねぎ                1ベイタ
子供たち一人につき            学校の制服              1着
   子供たち一人につき         帽子                  1つ
   子供たち一人につき         消しゴム                1個
   子供たち一人につき         ユニセフポスター          1枚
幼児~4年生一人につき         ノート                  4冊
   幼児~4年生一人につき      鉛筆                   4本
   5年生~8年生一人につき    ノート                   6冊
   5年生~8年生一人につき     鉛筆                   1本
   5年生~8年生一人につき    ボールペン                4冊
   教師一人につき           10,000Ks.

* なお、米一袋はお坊さんに、残った食料は配布を手伝ってくれた村人たちに分け、残った文具は先生に託しました。


 チース村
    児童数   112人 教師数   4名
    幼稚園児  44名  1年生  25名    2年生  20名
    3年生    17名  4年生   8名

   子供たち一人につき    学校の制服         1着
   子供たち一人につき    帽子           1つ
   子供たち一人につき    消しゴム         1個
   幼児~4年生一人につき  ノート           4冊
   幼児~4年生一人につき  鉛筆           4本
教師一人につき 10,000Ks.





経費報告
米           70袋×14500Ks.         = 1,015,000Ks.
玉ねぎ         10袋                 = 209,452 Ks.
じゃがいも       10袋                 = 155,677 Ks.
豆            12袋×27000Ks.          = 324,000Ks.
ノート           225ダース×1550Ks.       = 348,750Ks.
鉛筆           2440本              = 95,650Ks.
消しゴム         460個×67Ks.          =  30,820 Ks.
制服(スカート)     335着               = 400,000Ks.
制服(女シャツ)    82枚                 = 227,000Ks.
制服(女ロンジー)  75枚                 = 165,000Ks.
制服(男シャツ)    373枚                = 675,800Ks.
制服(男ズボン)    329本.               = 875,400Ks.
帽子           795個               = 945,000Ks.
教師への寄付金    13人分              = 130,000Ks.


その他   
物資仕入れにかかた交通費(文房具)          = 10,000Ks.
物資運び賃(食料)                      = 13,000Ks.
タクシー代(学校~船着場 往復)             = 13,000Ks.
船代(ヤンゴン~ダラッ 往復)               = 420Ks.
乗り合いタクシー代
(ダラッ~デェーダイェ 往復3台分)            = 156,000Ks.
ボート代                             = 40,000Ks.
昼食代                              = 11,900Ks.
タンティン村へのノート(25ダース)              = 42,500Ks.



  


             合計           5,884,369ks.
                           (約59万円)



キンキンの支援報告
             
現地の様子
   
 今回も前回同様、バスや船を乗り継いで、デェーダイェ町まで行き、そこから船で1時間半ほどのチャウンジー村を訪れました。
 前回の支援の後はデェーダイェに残っていて現地調査を行いました。私たちの支援はどんな形で人々に役に立っているかこれからは彼らのため必要な物資が何かというのを知りたかったからです。9月10日にはインドウ村に、9月11日はKyii Su村と今日チャウンジー村に実際に行きました。
 デェーダイェから遠く離れているこの村を選んだ理由はかなり交通が不便なところで支援が2か月半前までの支援は最後でほとんど支援が届いてない事を確認した上で支援することを決めました。
 村に着いたら早速学校に行きました。学校はサイクロンで完全に壊れてしまって4か月以上経ったとしてもまだ立て直すことができないので僧院に集まって教育を受けているようです。前回の村々と違って小さい村なのに中学校まであります。
学生は2百人以上もいます。雨季はそろそろ終わるので市場にレインコートを買うのはとても難しくなってきたので代わりに帽子と制服を支援することにしました。サイクロンの被害で子どもたちは制服で学校へ行くのはとても大変みたいです。今まで行ったほとんどの学校は私服で学校へ来ている子は多かったです。
 一人ひとりの名前を呼びながら帽子と制服と文房具を渡しました。違い色の帽子をかぶりながら制服をもらっている時子供たちの喜びは私たちにも伝わって来ました。他の団体などはやってないことだし、来年まで着ることもできるし、自分が大きくなったら妹、弟たちにも渡せるこの支援物資は最高だったようです。
 それからその僧院の下で物資を配るためいろいろ準備をしてみんな忙しくなっていました。その時、一人のメンバーから聞いたのですが、誰かが村の人たちから「私たちに払うため」と偽ってお金を集めているそうです。実際、村の人たちが300チャットと袋を手に握って待っているのを見ました。びっくりしたというよりかなりショックで頭真っ白になった。なぜそんなことをやるの?誰がそんな大胆なことを考えたの?不思議でいらいらしてきました。
 それで村の人たちに大きな声で“誰がお金を集めようとしているの?私たちに払うお金なんて全く必要はないです。私たちはあなたたちの手に実際に届くため頑張って来ましたが、この村の誰かがあなたたちをだましてお金を集めようとしている。その人はもしいるとしたら前に出てきてください。理由を聞きたいです。その上、もし私たちが帰ったあとに集めようとしても払わないでください”とみんなの前で発表しました。
 今回は先生ととともにMOMIJIで日本語を教えている日本人の先生も参加しました。怒りとともに日本人たちには恥ずかしい思いでした。最後まで、犯人を捜しました。結局、その村のリーダーと小さいグルプのリーダーたちがやったわけです。私たちの支援は、現地にいる人々の協力を得ていますが、村のリーダーたちには報告する程度にとどめ、必要以上に関わらないようにしてきました。今回も村のリーダーとのかかわりはありませんでしたが、彼らは、後ろで私たちの支援と偽って儲かろうとしていたのです。
 村の人たちに聞いてみたらサイクロンの直後支援団体とかが来たときもこのように集めたと言われた。交通が不便だからせめてボート代は払う方がいいと理由をつけて教育受けてない、何も分からない村の人たちをだまして稼いでいるずるい人たちがいました。
 先生と他の協力者たちもこのようなことは初めてでみんな悲しい思いでした。でも、村の人たちの前にそれを話したため村の人たちはすごく喜んで寄付を受けました。彼らの顔は明るくなって、うれしい気持ちを隠そうともしなかったです。わたしたちの支援は困っている人たちを助けようとしているから私たちの支援を邪魔する人たちには許すことはできないです。何があっても実際に届くため頑張って行きたいです。
 これから先生が支援を行ったチース村にもう一度教育支援のため訪れました。先週この村に行ったとき私たちの支援以来は誰も寄付しに来てないということを聞きました。人数が少ないうえほとんどは漁師の仕事で生活しているようです。復興するためには自分たちの力でとても難しいみたいです。その上、町から遠く離れているためユニセフみたいな大きい団体じゃないと支援しに誰も来ないです。私たちも一つの村に2回支援することはできないです。しかし、この村は前回食べ物の支援だけで教育支援はしなかったです。サイクロンの1か月後の支援なので学校は全くないので教育支援はできなかったです。学校はないので僧院でみんな勉強しています。子供達はほとんど私服でとても貧しいです。この村には必ず教育支援をしたいと思いました。先生と相談してこの村をもう一度支援することを決定しました。
 子どもたちは私たちが来るのを待っているようで、みんな入った途端先生に挨拶してくれました。帽子を被っている子供たちと記念写真を撮りました。遅くなっているのでみんな急いで船に戻りました。私たちの船が遠くなるまで手を振って見送りをしている子供たちの姿は私たちの疲れを忘れさせました。お互いに感謝の気持ちで別れました。
 今回の支援は甘い味、苦い味とかで様々でしたが、たくさん勉強になりました。

2008年10月8日水曜日

アチンナレ第10回支援報告

                           2008年9月12日

第10回支援
  場 所   :     DEDAYE(デェーダイェ)の村
               タンティン村、チョッボゥッ村
  出発日   :     2008年9月8日(月)
  出発時間  :    午前6時~午後8時
参加人数    :    12名
 支援物資   :    米、玉ねぎ、じゃがいも、ウォーターガード、毛布
               古着(日本からの寄付)
              ノート、鉛筆、ボールペン、消しゴム、雨合羽
現地の様子
被害を受けてから4ヶ月経った今も、支援が届いておらず、困っている村がまだあることを再確認しました。しかし、デェーダイェまでの村々ではそれぞれ復旧工事が進んでおります。また、支援物資と思われる(団体のロゴ入り)物を持った子供たちや、村人たちの姿があちらこちらに見られ、物資が届いたんだな~と実感し、うれしく思いました。

  今回は日本留学中であり、サイクロン復興支援会の中心メンバーであるKhin Khin Htweさんおよび、May Hsu Shinさんが参加してくれました。
日本で集めた義援金は彼女たちの力によって集められたものであります。
 今回訪れた村のうちのひとつであるタンティン村は、デェダイェの町のすぐ側にありながら、近すぎるためか支援の手が伸びておらず、今までに一回しか支援がきておらず、とても困っている様子でした。
まず始めに僧院へ行き、お坊さんに支援物資の説明、支援の仕方、また残ったものをお坊さんに差し上げることなどを伝え、学校へ出向きました。学校は仮設校舎であり、床は石のままでその上に長板を引いて座って授業を行うという形で、少々ショックを受けました。また、ノートではなく、子供たち一人ひとりが小さな黒板に板書しており、記録するものはありませんでした。しかし、今まで行った学校では皆がノートを使用していたので、さほどノートの必要性はないのではないかと思い、今回は一人に1冊分のノートしか用意していませんでした。なので、翌日デェーダイェに残ったKhin Khin Htweさんに追加でノートを支給してもらうことにしました。
 その後、僧院へ戻り、村人たちに支援物資を一世帯ごとに名前を読み上げ手渡ししました。この村はとても協力的で、私たちが学校に支援に行っている間に玉ねぎとジャガイモを一世帯ずつの量に分けて袋に入れておいてくれたのでスムースに進むことができました。

 次の村へはボートを使って行きました。まず始めにチョッボゥッ村の子供たちが通っているという学校へ行きました。村が多い割には子供たちが少なかったので、どうしてかな?と思ったのですが、学校までボートで通うしかなく、学校に通っていない子供もたくさんいるとのことでした。この学校でも物資を支給し、その後、村へ行きました。確かに村に着くと、子供たちがたくさん居ました。学校に行っていない子供がこんなにも多いのか?と思うと複雑な気持ちになりました。
物資は僧院で(お坊さんの目の前で)支給しました。この村は世帯数も、人口もとても多いので村を8つのグループに分けているそうです。各グループごとに色の異なる手帳を持っており、名前を呼ばれた世帯主はその手帳に印を押し、物資をもらうという形で進められました。時間はかかりましたが、きちんと各家庭に物資が届いたのは確かです。

また、今回は学校で教鞭をとっておられる先生方にもお礼の意味となにかに役立ててほしいという気持ちから一人に10,000チャットずつお渡ししました。どの先生も子供たちのために長い通勤距離を歩きや、自転車でこられており、また、給料もわずかながら一生懸命教えておられ、頭の下がる思いでした。いまさらですが、今まで行った学校の先生たちに渡してあげられなかったことが悔やまれます。

 


今後の支援活動について
 
今まで数回わたって支援活動を行ってまいりました。まだまだ支援の行き届いていない場所があるにもかかわらず、支援の手はだんだんと少なくなってきているのが現状です。しかし、大きな団体は支援活動を続けているようです。私たちもまだまだ支援活動を続けたいのは山々ですが、時間的な問題、資金的な問題から次回(9月15日)を持ちまして最後とさせていただきます。
よって、次回は残っている資金の許す範囲で支援活動をします。現在、デェーダイェに残っているKhin Khin Htweさんが次回の活動地を調査し、決定してくれることになっております。


支援物資

   米                          70袋
たまねぎ                         15袋
   じゃがいも                     15袋
ウォーターガード                    40本
ノート                            4ダース(  48冊)
    鉛筆                        100ダース(1200本)
ボールペン                       100ダース(1200本)
消しゴム                         40ダース( 480個)
   毛布                        800枚
   子供用雨合羽                  126着
   大人用雨合羽                  5着
ポスター                        300枚(ユニセフから)

 タンティン村
   人口    487人    世帯数 118世帯
児童数    56人 教師数   2名
    幼稚園児  29名
    1年生    8名      2年生    9名
    3年生    7名      4年生    3名

   お坊さん(2名)   掛け布団                 1枚ずつ
   一世帯につき    米                     2ビー
   一世帯につき    じゃがいも                1ベイタ
   一世帯につき    玉ねぎ                  1ベイタ
一世帯につき       掛け布団                 1枚
児童一人につき MOMIJIノート                   1冊
   児童一人につき   鉛筆                   4本
   児童一人につき   ボールペン               2本
   児童一人につき   消しゴム                1個
   児童一人につき   雨合羽                 1着
   教師一人につき   雨合羽                  1着
   教師一人につき                         10,000Ks.

* なお、残った米(一袋)、ジャガイモ(2/1袋)、玉ねぎ(2/1袋)はお坊さんに渡しました。


 チョッボゥッ村
   人口   2700人    世帯数 658世帯
児童数    58人 教師数   3名
    保育園児   4名      幼稚園児  28名
    1年生     6名      2年生    6名
    3年生     5名      4年生    9名

   お坊さんと小坊主(9 名) 掛け布団      1枚ずつ
   一世帯につき    米             2ビー
   一世帯につき    じゃがいも         1ベイタ
   一世帯につき    玉ねぎ           1ベイタ
一世帯につき   掛け布団   1枚
   児童一人につき   鉛筆           2本
   児童一人につき   ボールペン        2本
   児童一人につき   消しゴム         1個
   児童一人につき   雨合羽          1着
   教師一人につき   雨合羽          1着
教師一人につき 10,000Ks.

* なお、途中で玉ねぎとジャガイモは足りなくなってしまったので、その分、米を多めに渡しました。
残った米(1 2/1)と掛け布団15枚はお坊さんに渡しました。


経費報告


米        70袋×13500Ks.             =  945,000Ks.
玉ねぎ      15袋                    = 289,845 Ks.
じゃがいも    15袋                    = 539,505 Ks.
ウォーターガード 40本                    = 16,000Ks. 
ビニル袋    100枚                    = 1,600Ks.
毛布       800枚×2800Ks.              = 2,240,000Ks.
ノート      4ダース×1300Ks.              = 5,200Ks.
鉛筆      100ダース×470Ks.            = 47,000Ks.
ボールペン   100ダース×960Ks.           = 96,000Ks.
消しゴム     40ダース×800Ks.           =  32,000Ks.
雨合羽        66着×1800Ks.            = 118,800Ks.
雨合羽        60着×1600Ks.            = 96,000Ks.
雨合羽(大人用)    5着×4500Ks.           = 22,500Ks.
教師への寄付金     5人分               = 50,000Ks.


その他    物資仕入れにかかた交通費          = 7,000Ks.
        日本からの古着にかかった税金       = 4,500Ks.
        タクシー代(学校~船着場 往復)      = 9,000Ks.
         船代(ヤンゴン~ダラッ 往復)        = 330Ks.
        現地移動用の車(トラジ)            = 10,000Ks.
乗り合いタクシー代
          (ダラッ~デェーダイェ 往復3台分)    = 150,000Ks.
         昼食代                       = 11,000Ks.


* 数回にわたって寄付していたマンカレー村の学校建設および、学校部品の一部として1,720,000チャット寄付することにしました。寄付へは毎回マンカレーへ行っている知人が(9月16日)行き、その村の村長および、先生に渡してくれることになっています。その知人から報告が届き次第、私のほうで報告書を作成し、皆様にご報告いたします。
  


             合計           4,691,280ks.
          マンカレーへの寄付    1,720,000ks.
           
合計 -6,411,280Ks=約64万円


            
キンキンの支援報告

現地の様子

   今回は、先生と一時帰国の私(キンキン)とメイさんをはじめ学生たち12人でデェーダイェ町まで行きました。そしてそこからトラジーに乗ってThan Din村に訪れました。この村を選んだ理由はデェーダイェ町から近すぎて大体の支援の人たちは町と同じもらっていると思ってここに行かないで残されているからです。それの上、この村のリーダーは私たちをすべて協力してくれました。
    この村の様子から見てすごく困っているのは分かりました。人々に純粋さを感じました。最初に僧院に行って日本から寄付してくれて古着、靴とかをお坊さんに寄付してその後は隣にある小学校に行きました。現地の人たちはこの日にヤンゴンから寄付する人たちがくるのを前持って知っているのでみんな集まって待っていました。学校はサイクロンの直後に壊れてしまったがひとつの会社の寄付と村の人たちの力で建て直している中です。子供達は征服じゃなくて普通の服で、暗い雰囲気でした。みんなの名前を呼んで一人ずつ配っているうちに笑顔は出てきました。キャンディを配った後はリンコートを着てもらってみんなで記念の写真を撮りました。その学校に先生二人しかいない。行く前に先生と私相談して先生たちに1万キャット渡すことにしました。こんな状況の中教育してくれる先生方には感謝の気持ちで、少ないけど使えるならと思って渡した。うれしくて涙が出そうになっている顔は忘れられないと思います。これからの村々の先生たちにも渡す決心をしました。近くの僧院は建設途中ですが屋根もあるし広い場所でした。そこで村の人々に1世帯につき代表の名前を呼びながら物資を渡しました。人々はすごく喜んでいました。
    昼ごはんを早く食べてトラジーに乗ってボート乗る場に移動した。そこから15分ぐらい乗ってKyon boat村の地域にあるAutchaungkalay村の小学校に着きました。学校は完全に壊れたため立て直したばかりの学校でした。私たちが学校の前に立ったとたん中の子供たちは元気な声であいさつしてくれました。嬉しいとともにびっくりしました。学校の学生からリストを見て子どもたちの名前を呼んで一人ずつ物を配りました。面白いことに最初に私が記念のため子供が貰っている姿を写真とったら子供全員が文房具をもらったら私の前で立て写真撮らせてもらいました。終わったら早速ボートに乗って20分ぐらいのKyon boat村に向かいました。
   その村を選んだ理由はデェーダイェから遠くはないが被害が大きかったし、今はお米を買いたいのになかなか仕事がないから食べ物に困っていて食べ物が欲しいという要求に応じて米、じゃがいも、玉ねぎと毛布を支援することにしました。実際にいてみたら道とか家とかはかなり回復している様子でしたがほとんどの人々は昼間なのに家にごろごろしているのを見えました。この村はかなり大きいで、場所によって8グルプもある。僧院は一つしかないがコンクリートの建物だったので被害を少しだけ受けたようで、お坊さんは9人ぐらいます。着いたら協力してくれる村のリーダーとかは村の人々に拡声器で呼んで物資を配り始めました。今回の村の違いはちゃんとしたデタの上に核家族に家の代表の名前、数とか書いてあるノートはあってそこにリーダーのスタンプを押してから支援物資をもらうことにしていました。660世帯もあるので結構時間がかかったが村の人々は寄付する人たちが実際に来てくれたから物資はちゃんと手に入れたという喜びの声も聞こえました。私たちの手を握ってありがとうと言う人も多くいました。
    今回の支援はいろいろな乗り物で移動したから結構急いでいました。しかし、参加者はかなり多いし、協力する人も多かったため順調に終わりました。ミャンマー人でいるがなかなか経験できないことなのでこの支援の帰りは充実した感じがしました。これからの支援も頑張っていきます。


今後の支援について

   10日と11日には先生が支援に行った二つの村と15日予定の村に調査しに行きました。それについてはまた詳しく報告する予定です。支援物資のは必要に応じて変えている私たちの方針通り、ミャンマーは今雨季なので雨が降っていがそろそろ終わるためレインコートは市場で少なくなってきました。何百人買うためにはすごく難しくなっていました。それで、レインコートの代わりに何が欲しものはないのかと現地の先生たちに聞いてみました。そうすると、これからは久氏が激しくなるミャンマーでは靴と帽子が欠かせないものになっています。靴はサイズバラバラなのであきらめてこれからの支援物資は帽子にしました。後はミャンマーの農業は11月にならないとお米の収穫はできないので食べ物はすごく困っていると言われました。サイクロンの直後は支援団体とかはたくさん来ていたので食べ物に関してあまり困らなかったが今はだんだん少なくなってその上、お米がとれないからとても困っています。ですから、毛布も必要ですが食べ物の量を増やすことに考えています

合同慰霊祭

 アジア文化会館
「アジアの自然災害犠牲者の合同慰霊祭」

 日頃、私たちアチンナレを支えてくれているアジア文化会館で、2008年8月29日に「アジアの自然災害犠牲者の合同慰霊祭」が催されました。
ミャンマーでのサイクロンによる大災害、中国四川省大地震、日本の東北地方大地震と、今年は世界各地で大きな災害に見舞われました。それに応じて、アチンナレのメンバーを含むアジア文化会館の留学生は、募金活動などそれぞれの災害の復興支援活動を行ってきました。今回、アジア文化会館の学生たちが中心となって催された合同慰霊祭に、アチンナレのキンキン、ナンモー、相原、ユユ、カイが参加しました。




慰霊祭には、アジア文化会館近燐の日本人の方もおいでくださり、留学生日本人合わせて約50名が参加しました。黙祷、各災害の状況と復興支援活動の報告の後、日頃からアジア文化会館と関係のある近隣の寺院のご住職による読経があり、焼香、献花を各自それぞれの宗教の方式で行い、犠牲者を弔いました。



式次第

1.開会・黙祷
2.報告
(1)ミャンマーのサイクロン被害と留学生による復興支援活動
(2)中国四川省の大地震被害と留学生による復興支援活動
(3)日本での災害の状況
3.読経
4.焼香・献花等慰霊(各人の方式で)
5.閉会

 私たちアチンナレの立場としては、犠牲者のことを想って、今回のような慰霊祭を開催していただいたことに感謝しています。

2008年10月6日月曜日

アチンナレ第9回支援報告(続)

9回支援報告(続)

Dr. Nay Lin Aungたちに配布をお願いした2箇村のこと。

ジョージャ村(38世帯)では、村のお寺で配布を行ないました。お寺にも2セット分の物資を寄付。全部で40世帯分になりました。

ミャッカヨ村では場所がなくて、川辺で配布しました。57世帯からの村人たちは小さなボートで物資をもらいに来ました。

物資は一種類10個ほど残りました。

②残りの物資の報告

1 種類10個ぐらい残っていたのをネーヨンカー村(55世帯)で配りました。

種類をくじ引きして、全世帯配れるようにしました。

③お医者さんに運搬費として預けた10万キャットの報告。

運搬費 : 22500キャット

残り   : 77500キャット

(残りの77500キャットで、黒板3枚をキャウンス村の学校に

設置することになりました)

(モン)

2008年9月30日火曜日

アチンナレ第9回支援報告書

実施日:2008年8月5日(火) 
場所 :ディディエー地域内
(①チョウンペッ村、②タイヤゴン村、③ジョージャ村④ミャッカヨ村)
全世帯数:330世帯
支援物資:なべ2種類(大、小)、バケツ、コップ、唐辛子、石鹸
     
【物資調達について】

選定理由
モンの両親、そしてディディエー地域を受け持つ医師ネイリンアウン氏と相談の上決定。
このたび支援に行くことになった地域は、政府からの米の支給以外他の支援が入っておらず、生活を支えるために不可欠な、かつ高額で他団体が支援しにくい物資を選定。

・なべ(大、小)、バケツ、コップ…ヤンゴン市内の卸屋
 →各330個ずつ購入(8/2)。(1,945,800ks)
荷物の半分をその日中に、残り半分を4日(月曜)の朝PYAPONに送ってもらう。
店-ヤンゴン港までの送料は無料。
ヤンゴン港-ピャポン港の送料は上記に含む(16,000ks)。
・唐辛子…ヤンゴン市内のマーケット
 →15チャッタ入り330袋(計50ベータ)購入(8/4)。(150,000ks)
  今後の活動で塩を送るときは仲介してくれるとのこと
・石鹸@ヤンゴン市内のマーケット
 →洗濯、330個購入(8/4)。(68,900ks)

【場所選定について】
1.ディディエー地域内で、比較的支援が入っていない村々。
2.持ってきた義援金で以上の物資を全世帯に配布できるような世帯数のある村。

○8月5日当日の動き
参加者5名(モン、モンの両親、モンのいとこ、竹本)
4:00出発
7:30ピャポン到着
   Dr.ネイリンアウンさん、看護婦さん、ディディエーの村人(道案内)と合流
   物資の積み込み
10:00チョウンペッ村(175世帯)到着
    村長宅で昼食、その間タイヤゴン村(合計46世帯)住人も集まる
12:00配布開始(チョウンペッ村、タイヤゴン村両住人へ)
12:30配布終了
Drたちは次の2箇村(ジョージャ村(36世帯)、ミャッカヨ村(約50世帯)
(8/3コンダインレ村(70世帯)には支援が入ったとの情報から変更))へ、
私たちはヤンゴンに向けて出発
18:00ヤンゴン到着
***************************************
【会計報告】
資金2,369,500ks
内訳
2,222,000ks-アチンナレ
90,000ks-モン&竹本
50,000ks-大塚さん(東大)
200ks-モンの家族より


★支出(物資調達)
種類 費用(単位:キャット)
1 鍋など 1,945,800
2 唐辛子 150,000
3 石鹸 68,900
4 船代など 100,000

★他の支出(交通費など)
1 交通費(ヤンゴン-ピャポン) 64,500
2 ライフジャケット5着 33,000

計2,362,200ks
 約20万3千円

****************************************

○感想(なお)

学校がなくなってしまっていたのですが、ノートなどにまわすお金がなかったため、今回は生活物資だけの支援となってしまいました。
ヤンゴンからディディエーを抜け、ピャポンという港町を経由して、そこからボートで村々のあるデルタ地帯まで漕ぎすすめました。物資は石鹸と唐辛子は車でピャポンまで、それ以外はヤンゴンから直接ピャポンまで船で送ってもらいました。
村長さん宅に到着し、周辺2つの村の住民が集まっている間、食事など豪勢なおもてなしも受けました。私がはじめて食べるものには、部屋中の人が私に注目して、私の反応をうかがう、というような場面もあり、おかしかったです。数単語しか分からない私に、ひたすらビルマ語で話しかけてくる村のみなさんは本当に元気でした。
医師の持っていた住民名簿と村長の持っていた名簿とを刷り合わせ、間違いがないかを確認した後、各世帯の代表者の名前を読み上げ、名簿にサインしてもらい(サインできない人は×印)、それぞれの物資を配給しました。出発直前までは天気が心配されましたが、配っている最中はかんかん照りでした。私が緑、赤、青の3色あるバケツを配っていると、「赤がいい」と言ってくる人も結構大勢おり、びっくりしました。
のこり2つの村には時間の都合上行けず、物資を医師に託しました。写真および報告書を提出してもらうようにお願いしています。
全体として、私にはひたすら「ついって行っただけ」感の拭えないものとなりました。というのも、物資の調達に付き添ったり、現地にも行きましたが、言葉が分からないため、調達や用意も、現地での手はずも、すべておあつらえ向きというか、ready-madeな支援だったと思います。そんな支援でも、長距離の移動など、決して容易なものではなかったので、お仕事の合間に自身で一から物資の交渉もしてくれている愛先生には頭が上がらない思いです。また、モンの家族には本当にお世話になりました。物資調達のための店でも、現地でも、私は「日本人」として彼らに珍しがられ、逆に写真を撮られたりと、ちやほやされました。しかし、ただ「日本人」というだけでも喜んでもらえたのはよかったかな、と感じています。
支援後愛先生とお会いして、先生は時間節約のためと、もてなした家が支援物資を多く受け取るということがあるということから、食事などを受け取らないようにしている、というのは初耳で、できればやはり支援に行く前にお会いしたかったと思いました。しかし、今回は私たちをもてなしてくれた村長さん一家は、私たちを村からピャポンまで船で送ってくれましたし、次の村に行くために医師がすぐに残った物資などをまとめていたので、村長一家が多く受け取るということはなかったと思います。
先生とは、今後もやはり現地の声を優先して、欲しがっているものを持っていこう、という話になりました。そのためのヒントとして、今回同行してくださった医師の連絡先を
お渡ししました。体だけには本当に気をつけて行ってもらいたいと思いました。


○感想(モン)
 
支援実施の村の世帯数を調べること、物資の値段を調べること、村までのボート、物資配布の準備などはDr.NayLinAung氏が協力してくれました。支援物資の調達や運搬はヤンゴンにいる知り合いの紹介で、思っていたより順調にいきました。お店の人も、寄付すると言うことだけで、安くしてくれたりして、ただにしてくれたりしてくれました。
ミャンマーにいる皆には本当にお世話になりました。Drの連絡先、お店の連絡先などは先生にお伝えしましたので、参考にしてくださったらと思います。
 初めて被災地を訪ねることができて、とてもよかった!!思っていたより、回復が早くて正直少しは安心しました。しかし、いろいろ聞いてみると支援などは十分にもらえているということでもなく、自力で立ち直ろうとしているのがわかりました。倒れた家を竹の棒で支えて建て直して住んでいる人もいれば、家が完全に壊れたから親戚に頼って、住む場所を借りて貰っている人もいました。農作業もうまくいってないよ、大変だけど頑張るしかないよと笑顔でいってくれました。彼らは私たちが日本から支援していることに驚いていた。わざわざ村まで来てくれたねとても喜んでいました。ありがとうと言われている私がありがとうと言いたいぐらい元気をもらいました。なんだか、皆がすごい!!と思いました。
その一方、こんな頑張っている人たちのため、これだけの支援では足りないのではないか、もっと頑張らなくてはという意識が強くなってきました。今まで活動されている愛先生ともみじ学校の皆さん、キンキンの親戚、今回協力してくださったお医者さん、看護婦さんのように現地に密着して活動している人たちがまぶしかったです。正直言うと、そのようにできない自分が悔しいです。でも、悔やんでばかりでは何もできないから、今できることを頑張っていきます。
先生とミャンマーにいるすべての協力者にお願いです!これからも、復興支援をよろしくお願いします。

2008年9月1日月曜日

できました!アチンナレのしおり

7月末から8月のはじめ、
私タケモトと、モンは緊急でミャンマーに行ってきました!
まだその詳しい話をすることはできないのですが。。。
みなさんにお土産があります!!

以前から、アチンナレも、なにか、
緑の羽根募金や、ホワイトバンド、レッドリボンのように、
みんなが一目で分かるような、
シンボルのようなものを作りたいね、という話が出ていました。

それに、寄付にご協力くださった方に、
寄付をしてくださったこと、ミャンマーのことを忘れてほしくない、
アチンナレをきっかけに、
もっと身近にミャンマーを感じてもらいたい!と考えていました。

それを実現したのが!
これ!
アチンナレのしおりです



両面にミャンマーを代表するパゴダが印刷されています。
そしてゴールドのリボンという、
ほんとうに「ミャンマーらしい」仕上がりになりました。

これは、私とモンがミャンマーに行った際、
日本からデザインを持ち込んで、
ミャンマーの印刷業者にお願いして作ったものです。
日本で作るよりも安いし、
すこしでもミャンマーの経済に役立てたらいいな、との考えからです。
モンのお父さんの会社が出資してくださいました。

私たちは、このしおりを、
アチンナレの活動に協力してくださったすべての皆様にお配りしたいと考えています。
まもなく口座を締めます。
お礼の気持ちと、これからもミャンマーを忘れないで、という思いをこめて、
このしおりを作りました。
手渡しできる方には直接お渡しします。
私たちのことをかげながら支えてくださった方にも、
ぜひお持ちいただきたいと思います。
郵送にてお送りいたしますので、よろしければ、
akyinnarlet@gmail.comまでご連絡先をお送りください。

私とモンのミャンマー報告は、もうしばらく!おまちください!

2008年8月3日日曜日

アチンナレ第8回現地活動報告

第8回支援

場 所   :  DEDAYE(デェーダイェ)の村
          アケージ村、インドゥ村
出発日   :  2008年7月28日(月)
出発時間  :  午前6時~午後7時
参加人数  :  9名
支援物資  :  米、玉ねぎ、ウォーターガード、毛布、ノート、鉛筆、消しゴム、雨合           羽


現地の様子

 今回も前回同様、バスや船を乗り継いで、デェーダイェ町まで行き、そこから船でアケージ村を訪れました。
 デェーダイェまでの町の様子はずいぶんと復旧していて、みな、それぞれ通常の生活に戻っているように見られました。学校へ通う子供たち、農作業をする人々などがところどころで見られました。また電気も復旧されているようでした。それはデェーダイェの町も同様のようです。しかし、そこからさらに船で進んだ村々はまだ復旧が遅れているようです。
 今回は雨季に入り、雨が多いというので、村までは小舟に乗り、細い川を通って行きました。(大きい船の航路は雨がたくさん降ると波が高くなって危険とのこと)また、すぐとなりにあるインドゥ村の人々たちもここ、アケージ村に集まり、寄付を受け取りました。
  デェーダイェ町から船で1時間半ほど行ったところにあるこの村は、まだ復旧が進んでおらず、倒れた木々や、壊れた家屋、学校がところどころに見られました。今までにユニセフとエーデンという団体が寄付に来ただけだそうです。学校の修復は申請してあるが、未だそのままの状態で、子供たちは狭い僧院の建物の中でひしめき合って授業をうけている様子が伺われました。
  まず、子供たちには文房具用品と雨合羽を支給しました。雨合羽はとても喜び、すぐに着てくれました。その後、村の中心へ行き、そこで各家族ごと、世帯主を呼び、人数に応じた食料支援を行いました。また、今回は雨季で夜になると肌寒いので毛布も支給しました。
 なお、残った物資は僧院のお坊さんに託し、必要に応じて村人たちに支給してもらうようお願いいたしました。


今後の支援活動について

 前回同様、各自、各家庭に手渡しする方法だったので、多少時間はかかりましたが、人々の喜びがじかに伝わってきました。よって、今後もこの方法で行っていきたいと思います。また、物資の内容も必要に応じて変えていくことが望ましいと思います。
 3ヶ月経とうとしている今、支援をする人々の姿はほとんど見られず、大きな団体(ユニセフなど)の車だけが見られました。時間と共に忘れられていくのが事実ではありますが、まだまだ支援が必要な地域は残っています。よって、こうした支援を続けて行くことが必要だと強く思いました。また、今後も各村を訪れる際には、人口、及び、子供の数などを事前に調べてもらい、必要な数を必要な人々に支給していきたいと思います。


支援物資

米                  74袋
玉ねぎ               150ベイタ(約240Kg)
ウォーターガード         87本
ノート                 30ダース(360冊)
鉛筆                60ダース(720本)
消しゴム              16ダース(192個)
毛布                 800枚
子供用雨合羽           170着


村の人口    1600人   
世帯数      360世帯
児童数      170人      幼稚園児     69名
                     1年生       35名
                     2年生       29名
                     3年生       25名
                     4年生       12名

一人につき         米             1ビー
一世帯につき        玉ねぎ           90ベイタ
一世帯につき        掛け布団        2枚 *6人以上の家庭には3枚支給
児童一人につき      ノート             2冊
児童一人につき      鉛筆             4本
児童一人につき      消しゴム          1個
児童一人につき      雨合羽           1着
小学3、4年生       ウォーターガード      1本

*なお、ノート、鉛筆、消しゴム、ウォーターガード(12本)は学校の校長先生へ寄付し、残った米(14袋)、玉ねぎ(1袋)、毛布(3枚)、ウォーターガードはお坊さんへ寄付しました。
 また、船を出してくれた人や、支給する作業を手伝ってくれた人たちにも、米(1,5袋)、玉ねぎ(半袋)をお礼として渡し、各自で分けてもらうことにしました。


経費報告

米                      74袋×12000Ks.    =  888,000Ks
玉ねぎ                    45ベイタ(約72Kg) = 220,000Ks.
ウォーターガード              87本           = 34,800Ks. 
ビニール袋                 100枚           = 2,300Ks.      毛布                     800枚×2800Ks.    =  2,240,000Ks.
ノート                     30ダース×1300Ks. = 39,000Ks.
鉛筆                     60ダース×470Ks.  = 28,200Ks.
消しゴム                   16ダース×660Ks. =  10,560Ks.
雨合羽                    170着×1800Ks.    = 306,000Ks.
その他   
物資仕入れにかかった交通費                    = 7,200Ks.
タクシー代(学校~船着場 往復)                  = 8,000Ks.
船代(ヤンゴン~ダラッ 往復)                     = 200Ks.
乗り合いタクシー代
(ダラッ~デェーダイェ 往復2台分)                 =  120,000Ks.
昼食代 +飲料水                               = 12,600Ks.

合計                3,916,860Ks. = 約39万2千円

アチンナレ第6回現地活動報告

           
第6回支援

場 所   :  MAN KA LATE (マンカレー村)
         マンカレー村の近くの小さな町々
         インコ村、ティパー村、メーダリーワ村、
         ヨアテッコン村、メーダリーサン村、
         ワテェインカッ村
         
支援日   : 2008年6月24日(火)~6月25日(水)
支援物資  : 教科書、ノート、鉛筆、消しゴム、定規、雨合羽

現地の様子
 
 先生が一時帰国する前に、マンカレーに何度も寄付へ行っている先生の知人から要望があったのと、先生自身もこの村に教育的支援をしたいという希望を前回から持っていたので、先生が一時帰国している間に学生たちを中心に寄付を行ってもらいました。
 6月3日から正式に授業が始まると同時に学生数の確認、政府への申請を行い、政府から教科書が発行されます(有料)。しかし、全員に行き渡る分の教科書は配布されず数人で一冊の教科書を使用するのが現状であります。金額は配布された教科書数を学生数で割って各自が支払うことになっております。今年はサイクロン被害を受けた地区だけ授業料が無料になったようですが、教科書代は依然として有料であります。また、中には自分のお金を出して市販されている教科書(割高)を購入し、子供に使わせている親もいるようです。しかし、今回はこのようなサイクロンの被害を受け、通常の教科書代を支払っている余裕などないのがこの村人たちの現状であります。そこで、今回は、政府に支払う教科書代、及び不足分の教科書を市販で購入し、子供たちに配ることにしました。また、それに伴って、文房具品もいくつか子供たちに手渡しました。
 また、そこで教えている教師たちはプロの教師でありながらボランティアに近い状態であります。教師たちには敬意をこめて、通勤に使用してもらうための雨合羽を渡すことにしました。
 子供たちは元気で、新しい教科書、ノートに笑顔を見せておりましたが、教室は簡単に作られた狭い場所であり、もっといい環境で勉強できたらいいのにと思う限りだったとのことでした。


今後の支援活動について

 子供たちの笑顔と、子供たちの教育は不滅のものです。しかし、教育的支援はいまだ足りないのが現状であります。今後、食料支援に加え、教育支援も行っていかなければならないと先生は感じているようです。
 ミャンマーは雨季に入り、大雨が毎日のように降るようになりました。雨の降っている時間は肌寒いぐらいでもあります。そしてその雨にぬれながら学校に通う子供たち、雨風が吹き込む家の中で生活する被災地の人たち。今、彼らが必要としているものは何か?それを見極め、必要に応じたものを寄付していきたいと思っております。
 被災後1ヶ月の間はミャンマー国内ばかりでなく、多くの支援が行われておりました。(中には行き届かなかった地区もありますが)しかし、2ヶ月半以上たった今、支援に行く人々の話はあまり聞かれません。特に個人的寄付は一時だったため、私たちのように2,3ヶ月に渡って支援している人たちは多くないようです。
 私たちアチンナレにはまだまだ支援する余裕があります。よって、今必要としているもの、支援が少なくなっている今だから必要とされている地区に支援を続けて行っていきたいと思っております。


支援物資

政府支給教科書  
市販教科書
4線ノート               190ダース(2280冊)
MOMIJIノート            200ダース(2400冊 )
鉛筆                  850本
消しゴム                850個
定規                  675個
ボールペン              50ダース(600本)
雨合羽                 25着
* 各村の子供たちの数と子供一人当たりに配布した文房具はそれぞれ以下のようになりました。また、少し多めに学校の先生にも寄付をし、必要に応じて先生から子供たちに配布してもらうことにしました。
各村の子供たちの数(幼稚園児から高校生まで)
    マンカレー村           340人
    インコ村             155人
    ティパー村            80人
    メーダリーワ村        130人
    ヨアテッコン村         25人
    メーダリーサン村       25人
    ワテェインカッ村        60人
幼稚園児              ノート2冊
                    鉛筆1本
                    消しゴム1個
小学生以上             ノート4~6冊
                    鉛筆1本
                    消しゴム1個  
                    ボールペン1本
                    定規1つ

経費報告
  
政府支給教科書                = 180,330Ks.
市販教科書                   = 266,850Ks.
鉛筆                       = 42,500Ks.
消しゴム                     = 42,500Ks.
定規                       = 33,750Ks.
ボールペン                   = 60,000Ks.
雨合羽                      = 90,000Ks.
ノート     390ダース(4680冊)    507,000Ks.
  
合計           1,222,930Ks. =約12万2千円



 

2008年7月23日水曜日

アチンナレ第7回現地活動報告
           
           
第7回支援
場 所   :  LAPUTTA TOWNSHIP の村4つ
         DANICHAUNG Village
         PHOTIN Village
         CHITTEEKONE Village
         AYARTAW Village
支援日    : 2008年月4日(金)~2008年7月10日(木)
支援物資 : 食料、お菓子、生活必需品、文房具用品、ウォーターガード


現地の様子

 今回は、前回一緒にデェーダイェ町の寄付に協力してくれた学生の一人が、友人たちとラプタ町の村へ寄付に行くというので、物資を託すことにしました。彼らの行った場所はデェダイェから更に南へ行った遠い町であり、日帰りでは無理な場所であります。また、そこから村へは船での移動となり、車や船に寝泊りするということで、外国人はおろか、なかなか個人的な支援ができない場所であります。実際、彼らが行ったときにも、ユニセフなどの寄付は届いていても、個人的な寄付は今回が初めてだったそうです。
 寄付の仕方もそれぞれの村で、それぞれ指示されたように寄付を行ったそうです。立派な僧院があり、村人みんなが被災を受けたとき僧院にお世話になっていたという村は全てをお坊さんに寄付し、お坊さんを通して村人に手渡されました。また、ほかの村では村人たちを呼び集めて、一世帯一世帯名前を呼び上げ物資を手渡しました。また、ほかの村では道に順に並んでもらい、一人ひとりに物資を手渡ししました。ここ最近、寄付のやり方も厳しくなっているようで、その場その場、指示されたとおりに寄付をしていかなければならなくなってきています。
 今回寄付した物資はいろいろなところからの協力を得て、21種類にも及んだそうです。アチンナレとしてはウォーターガード80本とノート50ダースを寄付しました。ウォーターガードは4つ全ての村へ20本ずつ渡し、ノートは子供たちが多く、学校を見学できたDANICHAUNG村とAYARTAW村へ寄付してくれたそうです。ウォーターガードは使い方がわからないというので、きちんと説明し、使用するようにと指導もしてきたそうです。また、ノートは先生及び、子供たちがとても喜んでくれたそうです。学校が始まったにもかかわらずノートがなくて困っていたところへの寄付だったので子供たちはとっても大切そうに受け取ってくれたようです。


今後の支援活動について

 先生が日本に帰ってきた際、先生と私たちが直接話し合う機会をもつことができました。やはり広範囲に及ぶ寄付は無理であり、先生の行動できる範囲での寄付となると、制限がつけられることから、今までやってきたデェーダイェとクンジャンゴンへの食料、及び、文具の寄付を中心に行っていきたいと思っています。しかし、そうは言っても、今回のラプタのように被害が大きいにも関わらず、支援物資がまだまだ足りていない場所もあるので、そういった場所へ信頼できる先生の知人や学生が行くというときには金銭面、もしくは物資面で協力していきたいと思っています。


支援物資

ウォーターガード         80本
ノート               50ダース(600冊)
ノート               80ダース(960冊) 

経費報告

ウォーターガード   80本           = 32,000Ks.
ノート          50ダース(600冊)  = 65,000Ks.
ノート          80ダース(960冊)  = 104,000Ks.
* このノート80ダースはまた違う知人が日デェーダイェの村へ食料支援に行ったので、近くの学校へノートだけ寄付してもらいたいとお願いして託した分です。

合計             201,000Ks.=約2万円

2008年7月5日土曜日

アチンナレ@嘉悦大学!!




はい!
そうなんです、私たちアチンナレ、
嘉悦大学に遠征に行ってきました★★


きっかけは、私(竹本)とモンの授業。
私たちは、早稲田で「国際NGO協力論」という授業を一緒に履修しています。
その授業で教鞭を執ってくださっているのが、
内田和夫先生です。
http://www.kaetsu.ac.jp/news/06-07-14.html
その内田先生の本部校、
嘉悦大学で私たちの活動を紹介させていただくことになったのです!




一緒に行ったのは、
私、ナイさん、薦田くん、相原さん。私以外みんな男性です。
嘉悦大学はもともと女子大だったので、
きっと女性が多いはずー☆と、
みんな勝手に期待に胸を膨らませて臨んだのでした♪♪






が、しかし(笑)


3時間目の「経営と政策」の授業の214教室のドアを開けたナイさんと私は、


「ぽか~~~ん」


としてしまいました(笑)
というのも、50人弱の教室にひしめき合うBOYS, BOYS, BOYS.....!!!

でも動揺したのは私だけだったようで(笑)、
なにせ女子高のようなクラスで高校時代を過ごしたものですから・・・
それもはじめだけで、すぐに薦田くんも到着し、
徐々に落ち着いて話をすることができました。

みなさん熱心に私たちの話に耳を傾けてくさだいました。
本当にありがとうございました。

授業は、はじめの30分で私たちのプレゼン、
その後10人ぐらいのグループにアチンナレメンバーが1人つき、ディスカッション、
そして全体のまとめ、という流れでした。


5限の「ボランティア論」では女性の割合もぐーーーーんと増え、
ナイさんも薦田くんも、そして5限から参戦した相原さんも
ほっとひと安心(笑)といった様子でした。



グループディスカッションの中では、
私たちの活動を広めるにはどうすればいいのか、
気軽に取り組めるボランティア・国際協力にするには、といったアドバイスをいただきました。


また、授業の最後には、
内田先生の奥様が私たちのために作って、提供してくださったクッキーを
クッキーエイドという形で、
100円以上寄付してくださった方にプレゼントさせていただきました。
本当にたくさんのCUTEなクッキーを、奥様、ありがとうございました!

ミャンマーでは100円で米、肉、野菜の入った食事を2食分用意することができます。
寄付にご協力くださったみなさまもありがとうございました。




今回は同年代の方を相手に話すということで、学ぶべき事が多かったです。
また、普段は自分の大学しか知らない私たちですが、
今回嘉悦大学を体感できて本当に楽しかったです。
内田先生、貴重な機会を与えていただき、本当にありがとうございました!!!



また、暗闇の中、
「ブログ用の写真なんですけど、シャッター押してもらえませんか・・・?」
という怪しいお願いにこころよく乗ってくださった嘉悦大学の学生さん!
ありがとうございました!!!


こっちは門を出てすぐそばでのショット。
フラッシュが付くか気になってポーズできない薦田が愛らしい(笑)
そしてなんともナイさんがキまっててかっこいい(笑)

一番上にあるのは、帰り際、
「あーーーこっちの方が大きい!!」と、
「私、『学』~!!!」
「俺、絶対『悦』~!」と、のりのりで撮った写真でした(笑)

2008年7月4日金曜日

6月28日(土)                        One World, Loving World@代々木公園

今日は、代々木公園でOne World, Loving Worldというイベントがありました。
久しぶりに気持ちよく晴れ、外で遊ぶのにちょうどいい陽気でした。
アチンナレのメンバーは私、相原さん、冬子さん、ユユ、ルーシーが参加しました。

このイベントは私の友人であるLee ChyiさんとJadeさんが企画してくれたもので、イベントの趣旨は、ミャンマーのサイクロン、四川の地震などを含めた自然災害によって亡くなった人たちに祈りをささげ、世界平和を願うことです。
このイベントにはアチンナレを含めて4つの組織が参加しました。

はじめは、子供たちと一緒に遊んだり歌を歌ったりしながら、参加者に各団体の活動を説明して、このイベントの意味を理解してもらう予定でした。しかし、ポスターを貼ったり、ビラを配ったり、手品やジャグリングをして人を集めようとしましたがほとんど集まりませんでした。なので、自分たちでこのイベントを楽しむことにしました!!!

まず、外が明るい内に大きな黒い紙の上に、一人一人が横になって、それぞれの体の型を、それぞれ違う色のクレヨンで縁取りました。これは………





次に、みんなでリレーや綱引きをして楽しみました。

ゲームが終わるころには日が暮れてきましたから、ハート型にろうそくを置いて、みんながそれに火をつけて、平和をハートのしるしで表しました。



さっきの黒い紙の上に描いた人型は、犠牲者たちの魂を表していて、その上にろうそくを垂らし、犠牲者たちの魂が天国に行けるように光で導きました。


最後に、20分くらいメディテイション(瞑想)を行いました。



これを終えると9時半くらいになり、今日のイベントは終わりました。


2ヶ月間の間に、ミャンマーではサイクロン、中国の四川省、日本の岩手・宮城では地震が起きて、たくさんの犠牲者が出ました。今まで、アチンナレは被災した人々のこれからのために支援を行ってきましたが、今日のように亡くなった人々のためのイベントに参加できたことはとても意味のあるもので、大切な時間をすごすことができたと思います。


このイベントを企画してくれたLee ChyiさんとJadeさん、ありがとう。このイベントに参加してくれたみなさんほんとうにありがとう。

by キンキン

2008年6月26日木曜日

6月19日木曜日付け山梨日日新聞にアチンナレの記事が掲載されました!!



山梨日日新聞の保坂記者に第一回巣鴨街頭募金を取材していただきました!

実は様々な新聞社に取材依頼のファックスを送ったのに反応が無く、あきらめかけていました。。
そんな時保坂さんからの電話が鳴ったのです !
ちょうどWAVOCのイオン環境財団の報告会の帰り道でした。
かなり興奮しました^^

ぜひみんなが集まっている街頭募金の日に取材をお願いしたい言ったところ、
日曜日で、本来お休みのところでしたのに、
保坂さんは取材に駆けつけてくださいました!
またその後もも掲載した新聞を家に送って下さるなど、最後まで親切にしていただきました。
本当にありがとうございました!

個人的にはインタビューを受けることなど滅多に無いのでちょっと緊張しました((汗
でもとてもよい経験でした。


私たちはまだまだ取材受け付け中です!!


マスコミ担当、望月冬子がお送りしました!

2008年6月25日水曜日

アチンナレ第5回現地活動報告

              
第5回支援

場 所   : DEDAYE(デェーダイェ)のチース村
出発日   : 2008年6月5日(木)
出発時間 : 午前6時半~午後6時半
参加人数 : 4名
支援物資 : 米、油、じゃがいも、豆、玉ねぎ、ウォーターガード、ビニール袋


現地の様子

今回は、思ったより車代がかかるのでバスや船を乗り継いで、デェーダイェ町まで行きました。
そしてそこから船でチース村を訪れました。
たくさんある村の中からこの村を選んだ理由は、地元の人の話から、
「ほかの村への支援は多く来ているが、この村は比較的支援の手がまだのびていないので、
是非この村へ行ってほしい」との要望があったからです。
デェーダイェ町から船で1時間ほど行ったところにあるこの村は、やはりまだ支援の手が届いていない様子でした。しかし、村人も子供たちも元気な笑顔を見せてくれました。家屋は個人で修繕し、住める形になっていましたが、僧院は建設途中でサイクロンの被害を受けたため、そのままの状態で屋根もなければ、床もコンクリートのままでした。その僧院にはお坊さんは一人しかいなく、ちょうどそのときにはほかの村へ出かけていたため、会うことができませんでした。
 今回はチース村ひとつに絞り、時間もたくさんあったので、住民票に書いてある世帯主の名前を呼び上げ、家族の人数分、食料を支給しました。残ったものは村人の前で「お坊さんに寄付をするので、足りなくなったらお坊さんに頼んでいただくように」と発表し、公平に物資が行き届くようにと伝えました。みんな雨の中、長時間並んで物資を受け取っていましたが、米は十分行き届いたと思います。


今後の支援活動について

 デェーダイェにはまだまだ今回訪れたチース村のような村々がたくさんあり、支援が行き届いていない場所が多々あるようです。今後は村々の情報を収集し、村人全体に十分行き渡る食料を支給していきたいと思います。また、食料はデェーダイェでも十分手に入るので、ヤンゴンから持っていかず、デェーダイェで仕入れることにします。その分、ヤンゴンからは大きな車を借りずに船とタクシーを乗り継いでいくことで交通費の節約にもなり、デェーダイェ町の経済発展にもつながっていきます。今回のようなやり方が一番公平に、スムースに進んだ支援の仕方だと思いました。


支援物資

米          38袋
じゃがいも     45ベイタ(約72Kg)
豆          15ベイタ(約24Kg)
玉ねぎ       45ベイタ(約72Kg)
油          30ベイタ(約48Kg)
ウォーターガード 65
ビニール袋  100枚×8袋

*内訳*
村の人口    484人    
世帯数 106世帯
一人につき   米                 1.5ビー
一人につき   玉ねぎ、じゃがいも     3個
一世帯につき 豆 1カップ
一世帯につき 油 1カップ

残った物資   
米               7.5袋
じゃがいも、玉ねぎ     1/2 袋
豆               1/2 袋
油 10ベイタ
*なお、ウォーターガードと、古着はお坊さんと村長から渡してもらうことにしました。


経費報告

米        28袋×12000Ks. =  336,000K
米        10袋×14000Ks. =  140,000Ks.
じゃがいも    45ベイタ(約72Kg)    = 20,500Ks.
豆        45ベイタ(約72Kg) = 13,750Ks.
玉ねぎ      45ベイタ(約72Kg) = 14,800Ks.
油        30ベイタ(約48Kg)  = 108,000Ks.
ウォーターガード 25本         = 9,475Ks.
ウォーターガード 20本×2箱       = 16,000Ks.  
ビニール袋    100枚×8袋      = 6,350Ks.
その他    
タクシー代(学校~船着場 往復)         = 5,000Ks.
船代(ヤンゴン~ダラッ 往復) = 80Ks.
乗り合いタクシー代(ダラッ~デェーダイェ) = 50,000Ks.
サイカー代(デェーダイェ~船着場)     = 500Ks.
船代(デェーダイェ~チース村)       = 35,000Ks.
船ガソリン代(3ガロン)           = 18,000Ks.
昼食代 +飲料水 = 6,000Ks.
            
合計             779,455ks =約6万8千円

2008年6月23日月曜日

Waseda International Festivalへの参加
















先日6月19・20日に早稲田大学にて行われたWIF(Waseda International Festival)に参加してきました!
WIFとは早稲田大学に集まる留学生が主体となって各国のダンス、音楽、ファッションショーなどを日本人の学生とともにパフォーマンスしたり、ブースでの紹介を通して早稲田に存在する多種多様な文化を肌で感じ、理解し合うお祭りです。

そしてアチンナレはビルマ(ミャンマー)のブースに募金箱を設置させてもらい、ミャンマーの紹介と共にサイクロン被害やこれまでの活動を報告させてもらいました。
今回のWIFではミャンマーをはじめ他の国々の事もより知る事のできるいい機会でした。
ミャンマー人留学生やWIFの方々、ご協力してくださってありがとうございました。






2008年6月22日日曜日

HPリニューアル!

アチンナレの公式ホームページがリニューアルされました!

http://www.altona.jp/akyinnarlet

これからどんどん内容も充実していきますので、
時間があればのぞきに来てくださいね♪♪


ところで今日は中野駅前で街頭募金でした。
人数も少なく、天気も危うく・・・・
午前中1時間は持ったものの、その後は土砂降りに・・・。
はるばる駆けつけてくださった工藤さん、ありがとうございました!

山梨日日新聞の嬉しい知らせも届きました♪
詳しくは後ほど!

仕方がないので急遽ABKへ戻ってミーティング。
その後は卓球大会に(笑)

あいにくの天気にもかかわらず、ご協力くださったみなさま
本当にありがとうございました!

次回は29日(日)です!

2008年6月21日土曜日

第3回街頭募金@巣鴨駅

今日は第三回街頭募金を巣鴨で実施しました。

雨対策として募金箱とポスターをテープやセロハン紙で巻いて雨に濡れても
平気なように昨日夜遅くまで頑張りました!

しかし!今日はうれしいことに活動時間は雨が降りませんでした!!
太陽のまぶしさから逃げられましたがすごく蒸し暑い一日でした。。

さて、三回も巣鴨で街頭募金をやったので、多くの人は
知っているような感じで前回よりは注目されませんでした。

しかし、子供たちの笑顔と年配の方々の優しさは、いつもと変わらず私たちを応援してくれました。

そして、なんと47,649円もの募金が集まりました!!!

(今日は、アジア文化会館の日本語生が大勢参加しました。2時から4時の間は何と13人もいました。)




そんななか、私たちには忘れられない出来事が一つありました。

60~70歳くらいの一人のおじいさんが募金してくれた上、私たちのために呼びかけをしてくれました。

「ミャンマーの昔の名前はビルマです。戦争のとき日本の軍隊が飢えて困っていたときミャンマー人たちは私たちを助けてくれました。今の軍事政権と関係なく困っているミャンマーの人々のために皆さんの協力は必要です。美しい、心の優しいミャンマー人たちを助けましょう!!」

と駅の人々に向かって話してくれました。

その暖かい気持ちと情熱は私たち若者に伝わって来ました。
本当に心から感謝しています。

今日で巣鴨は道路使用許可の期限が終わりますが、私たちの心の中に残っている駅です。

巣鴨警察の皆様、駅員の皆様、寄付してくれた皆様、応援してくれた皆様、
汗を流して協力してくれた仲間たち、帰国中に参加してくれた愛先生、
感謝するべき皆様本当にありがとうございます。

これからも愛の絆をつなぎましょう!!

(今日の巣鴨駅はびっくりするほど留学生の人口が多かったです。)

2008年6月17日火曜日

中央大学のご協力

この度我々『学生によるミャンマー・サイクロン復興支援会』の活動に中央大学が協力してくださる事となりました!

中央大学ではミャンマーでのサイクロン被害のための募金活動を行っています。
その集まった義援金を我々『学生によるミャンマー・サイクロン復興支援会』に寄付していただく事になりました。
詳細は以下をご覧ください。
http://www.chuo-u.ac.jp/chuo-u/important/important_j.html?data=4119f5df0b41659d8c47674c3df5014e

今後も皆様のご協力・ご期待に沿う様頑張って活動していきます!
引き続き応援よろしくお願いします!!

2008年6月16日月曜日

第2回街頭募金@巣鴨駅

昨晩お知らせしたとおり、
今日は第2回街頭募金を実施しました。



今日はなんと!
MOMIJI日本語学校の校長、村松愛先生もきてくださいました!
先生は現在一時帰国中なのです。

急遽来てくださった
岩國育英財団の横田先生(手前)と談笑する愛先生とキンキン★


横田先生はご夫人と、
また、アジア文化会館(ABK)からは近藤先生が来てくださいました!

暑くて暑くて、溶けてしまいそうな日だったので、
(モンが差し入れにくれたチョコレートは見事に全部溶けました・・・!)
(キンキンの差し入れアイスは溶ける前に相原さんががんばって食べました!笑)
道行く巣鴨の皆さまからの声援でもっとがんばらねば!と元気付けられました。
本当にありがとうございました。

そして!
今日はなななななななななななんと!
12万3956円
いただきました!
本当にありがとうございました!

先週も来てくださった方が、また応援しに来てくださったり、
「ミャンマー大好きなんです、今度行きます!」と話しかけてくださる方がいたり、
私たちの目の前で路上ライブを行っていたお姉さんのファンの方が、振り返って私たちの方も応援してくださったりと、
今回も本当に多くの皆さまに支えていただきました。

今日はたっぷり日焼けして、顔も腕もひりひりしています・・・。
これからはどんどん暑くなっていきます。
私は今日、ミャンマーの衣装・ロンジー(長い丈の巻きスカート)を着て行ったので、
涼しく、また足元は日焼けせずに済みましたが、
次回はきちんと熱中症対策も行いたいと思います。

今日ご協力くださったすべてのみなさん、本当にありがとうございました!


*来週の街頭募金予定*
21日(土)10:00~17:00@巣鴨駅前
22日(日)10:00~17:00@中野駅
※天候などにより、予定は変更されることがあります
 その際はブログにて報告いたします

2008年6月14日土曜日

街頭募金告知

明日、15日(日)、
巣鴨駅にて街頭募金を実施します!
天気もよさそうなので、朝からがんばります!

カウンターパートとして私たちとディディエーを繋いでくれている
MOMIJI日本語学校の村松愛校長も、
現在一時帰国中で、明日、参加してくださるとのことです!
(先日先生とアチンナレメンバーの座談会を実施しました。
その件については改めて投稿します!)

また、明日は
サポーターを大募集いたします!
10:00~17:00時、時間に都合が付く方は、
短い間でも構いません、一緒に呼びかけをお願いします。
どうかご協力お願いします!

お手伝いをお願いできる方は、
akyinnarlet@gmail.com宛に、
お名前、ご連絡先、ご協力いただける時間帯を添えてご連絡ください。
こちらから詳細を折り返し連絡させていただきます。

よろしくおねがします!

2008年6月11日水曜日

アチンナレ第4回現地活動報告

第4回支援

写真も見られます!
http://fotologue.jp/akyinnarlet#/7106707/7122949
 
場 所   : KUN GHAN GONE(クンジャンゴン)
出発日   : 2008年6月2日(月)
時間    : 午前7時~午後3時半
参加人数 : 7名
  
支援物資 : ノート、鉛筆、ボールペン、古着



【現地の様子】
今回は第1回目同様、ヤンゴンでボランティア英語教師として有名なU MYINT OO氏と一緒に教育面の支援を中心に行いました。
 コンジャンゴンへ行く道では、電線を修理する政府の役人たちの姿がところどころに見られました。まだ電気は復旧されていませんが、回復の方向に進んでいるようでした。個人的に寄付に来ている人はあまり見られませんでしたが、NGOやユニセフなどの支援が見られました。
 寄付当日はミャンマーの学校が新学期を迎える日と重なったので、学校へ通う制服姿の学生たちが多く見られました。どの子供も楽しそうに学校へ通っている様子でした。
 今回の寄付はU MYINT OO氏が中心となり、クンジャンゴンへ向かう途中の学校7箇所に文房具を渡してきました。クンジャンゴン地区は食料などは足りてきていますが、子供たちの勉強に必要な文房具類が買えない家庭が多いようでした。
なお、情報によりますと、今年この地区の幼稚園は本年度の授業料と教科書代は政府の意向で無料になったそうです。
 

【今後の支援活動について】
 ヤンゴンから比較的近い地域なので、公的な支援以外の個人的な支援も多く、現時点では、食糧難はそれほどでもないようです。家屋や学校で修繕が進んでいる様子でした。しかし、子供たちはこれから1年間勉強するための道具や、かばんなどがなく、それを購入する余裕もないようです。というわけで、この地域においては子供たちを中心に教育面の寄付に力を入れて行きたいと先生は考えていらっしゃり、私たちも前向きに検討しています。


【支援物資内訳】
①学校  学生数300人(幼稚園、小学校)
        ノート(360冊)、鉛筆、ボールペン
      学生のほとんどはノートがなく、支給された教科書のみで勉強していました。
   

②学校  学生数?人(小学校、中学校)
ノート(360冊)、鉛筆、ボールペン、古着
      道から遠く離れたところにあるため、信頼できるその村の人に渡しました。


③学校  学生数700人(中学校、高校)
ノート(720冊)、鉛筆、ボールペン
 学校自体は大きく、立派でしたが、校舎の損傷が見られました。


④学校  学生数300人(小学校、中学校)
ノート(360冊)、鉛筆、ボールペン
  学校のあった場所は避難所として使われているため、
      仮設学校で授業が行われていました。


⑤学校  学生数300人(中学校、高校)、古着
ノート(360冊)、鉛筆、ボールペン
コンジャンゴンの町からちょっと離れた学校への寄付のため、
    信頼できるその村の人に渡しました。


⑥学校  学生数30人(小学校)
ノート(36冊)、鉛筆、ボールペン
仮設学校で授業が行われていました。
    また、軍人がその近くに仮設トイレの設置中でした。


⑦学校  学生数?人(小学校、中学校)
ノート(240冊)、鉛筆、ボールペン
ちょうどユニセフの支援が入っており、
     子供たちは物資の支援のみならず、
     ユニセフのスタッフと一緒に楽しそうに遊んでいました。



【経費報告】
ノート   2400冊(1ダース1100Ks.) =  220,000Ks
鉛筆    ほかのグループからの寄付
ボールペン ほかのグループからの寄付

               合計 220,000ks(22,000円相当).

2008年6月9日月曜日

街頭募金@巣鴨駅


今日は午前10:30から午後17:00まで
巣鴨駅にて街頭募金を行いました。
立ち止まり、声に耳を傾け、ご協力くださり、
励ましてくださった多くの皆さん、本当にありがとうございました!

アチンナレとしての街頭募金は初めてで、
場所、ポスターの準備、声の大きさ、などなど、
はじめはまごつくこともありましたが、
30分後には恥ずかしさも消え、時間もあっという間に過ぎました。

昨日の岩國育英財団の交流会で全国から集まった学生、
特にミャンマー人学生が今日の街頭募金のために残ってくれたり、
ABK(アジア文化会館)の学生がお手伝いに来てくれたりと、
巣鴨駅前は一時、
日本中で一番ミャンマー人人口密度が高い場所
となりました(笑)


学生さんや、子ども連れの方、
巣鴨に長年住んでらっしゃるようなお年寄りまで、
本当にたくさんの方にご協力いただきました。
本当にありがとうございました。


中でも、とてもうれしかったのが、
小学校低学年ぐらいの女の子が立ち止まり、リュックを探し、
「いま、お金がないんです、、、お菓子でもいいですか?」
と言って、お菓子を差し出してくれた事です!
自分のお菓子を我慢してまで・・・・!
その場にいたみんな全員、ほっこり心があったかくなりました。


本当に多くの方にご協力いただき、
なんと!合計14万4712円のご協力をいただきました!
本当にありがとうございました!
巣鴨駅で繋いだ「アチンナレ(=愛の絆)」は
私たちが責任を持って現地ミャンマーの人々まで届けます!
数え終わった小銭を手にとって喜ぶ相原さんの図↓

心配だった雨も降らず、本当に幸運でした!
反省会を終え、次回に備えます!
次回は17日(火)午前10:00~12:00、中野駅にて実施します。


今後ともアチンナレをよろしくお願いします!





岩國育英財団交流会


私たちアチンナレのメンバーの多くは

岩國育英財団から奨学金をいただいています。

岩國育英財団はアチンナレの活動を応援してくれています。
そこの現役生、評議委員の先生方、

OB、OGが 年に一同に会する場、

「交流会」が7日土曜日行われました。


日本全国から仲間が集まり、 近況報告をしたり、

他愛のない話で盛り上がりました。

また新入生の初お披露目で、
アチンナレには参加していないほかの1年生に会えました!
あーもう私も3年か・・・

そのことは置いておいて、
アチンナレの活動についてお知らせさせていただく時間もいただきました。

同期、先輩、後輩からも寄付のほか、
運営にあたってのアドバイス、
学校や会社で自分が中心になって発信します!
といってくれる先輩や仲間が多く、
『アチンナレ』(=愛の絆)を実感しました。
専門分野も住んでいるところも、
バックグラウンドも違う仲間が、
このように集まって、笑って、語って。
本当に素敵な場です。


写真はアチンナレの中心メンバーです。
ホームページで(ただいま工事中)私たちの自己紹介も
載せていきます!
おたのしみに~

2008年6月7日土曜日

活動報告

6月6日、昨日のことです。
朝、中野警察署に行くために早起きしました。とても眠たかったです。
最寄の中野坂上で8時に待ち合わせました。メンバーはキンキン、矢島、ぼく相原でした。
満員電車じゃなくてよかったです。

警察署には何をしに行ったかというと、道路使用許可申請をしに行きました。
何で道路使用許可が必要かというと、街頭募金をするためです。中野駅です。

警察署に着いてさっそくアプローチしました。下町気質の親切さんが対応してくれました。
親切さんに、ここでやるといいよーと教えてもらいました。そこはJRさんの敷地でした。
なのでJR中野駅に出向きました。事情を説明すると、各駅では対応しかねるので、ということで、問い合わせ先を教えてもらいました。

マックで問い合わせました。
何でかキンキンはケーキ買ってきて食べてました。
JRさんのほうでは、原則、自社所有地での募金活動を許可しない方針であることがわかりました。
なので、募金する場所を変えよう、となりました。

募金場所候補地を下見しました。
ブロードウェイにいたるサンモール入り口横がベストだと思いました。

ここでキンキンは月刊“アジアの友”のインタビューがあるのでさよならしました。

やはり、道路使用許可が必要なので、矢島、相原で再び中野警察署に向かいました。
申請しました。さっきとちがう下町親切さんでした。スムーズに通りました。
任務を果たせてよかったです。早起きは三文の徳。
受取日は来週水曜です。忘れないようにしましょう。

そのあとぼくはアジア文化会館に戻りました。アジアの友のインタビューに同行するためです。
すでにインタビューは始まってました。でもキンキンなので問題ないと思いました。
実際問題なく終えました。
インタビュアーの方はキンキンに感心してました。ぼくもしばしば感心してます。


夜はアジア文化会館で、交流会がありました。いい機会なので、ミャンマーの現状とアチンナレの活動について広報させてもらいました。
キンキン、モンさんの後輩でアチンナレの活動を助けてくれているユーユーさんにお礼を言われました。何のお礼かというと、先輩を助けてくれているお礼らしいです。けなげな後輩だなあと思いました。
そんなユーユーさんに大学について教えてあげました。先輩風を吹かせました。

僕的に忙しい一日でした。みなさん大変かもしれないですけど、お互い励ましあいながらがんばりましょうね。

2008年6月5日木曜日

ミャンマーにおけるサイクロン被害についての緊急「現地報告・座談会」に参加してきました!

6月3日にWAVOC(早稲田大学平山郁夫ボランティアセンター)にて行われた
『ミャンマーにおけるサイクロン被害についての
緊急「現地報告・座談会」』
に参加してきました。
そこでは、5月21日から25日、 ミャンマーを訪問された
イオン環境財団の神尾事務局長のお話を中心にうかがいました。

もう被災から1ヶ月が経ちましたね。

報告会では、はじめにサイクロン直後の、
私たちが支援対象としているディディエー付近の悲惨な状況を
貴重な動画を見せていただきました。


神尾事務局長は
被災から20日以上経ってヘリで上空から視察したそうですが、
そのときもまだ、水が引ききっていない地域も多かったとのことです。

現地はもう本当に道がなく、車では行けません。
なので、アチンナレのカウンターパートが行ってくれているように、
車で行けるところまで行き、船に乗り換え、
さらに小さな船に分乗して、という
とてつもない手間と時間が必要なのです。
細々とでも、確実に。
そんな作業の重要性を学びました。

また、他に視察された場所の報告や、
ミャンマーの副大臣とのお話を伺っていく中で、
「公」の視点から見るミャンマーと
「民間」の視点から見るミャンマーのギャップが伺えました。
「テレビでは、こんな風に報道されているけど、
私たちが見ている世界はこうなんだよ」と、
アチンナレの活動を通して感じていた現実と報道の差を改めて実感しました。

イオン環境財団は、
イオングループの各店舗を通じて、
市民から寄付を募ることができます。
「イオン」、その名前と社会的信頼の高さから、
誰でも疑うことなく、寄付できます。
私たちがいま得たいもの、そう、社会的信頼です。
そうすれば、
私たちアチンナレのメンバー個人を知ってくれて、
この活動に賛同してくださる限られた方だけでなく、
もっと多方面からミャンマーに注目を、
その手を差し伸べることができると思うのです。
そのためにも、私たちは報告活動にもっと力を入れなければならない、
と教えていただきました。
ブログ・写真館の更新、がんばります!

また、その活動後の報告も、イオンなら
店頭にポスターを貼れば、誰にでも分かってもらえます。
私たちは細々と、このブログを更新していくしかない。
いつもこのブログに来て、見守ってくれているあなた!
ほんとうにありがとうございます!!

イオンができること、
それはそれはたくさんあります。パワフルです。
一方でアチンナレができること。
小さいです。
でも、アチンナレだからできることがあります。
今までそれを信じて活動してきました。
この報告・座談会では、
ほかの参加者の方からもたくさんの刺激とアドバイスを受けることができました。
それらを糧に、これからもアチンナレとしての活動を進めていきます!
神尾事務局長、
これを開いてくださったWAVOCの皆様、
そして、参加された各方面で活躍されている皆様。
たくさん勉強させていただきました!
本当にありがとうございました。

さあアチンナレ、がんばるぞー!

第4回報告がまもなく上がります。
乞おうご期待!

2008年6月4日水曜日

アチンナレ第3回活動報告

                           
第3回支援

  場 所  :  MAN KA LATE (マンカレー村)
          DEDAYE(デェダイェ)イェプーワ村
  出発日  : 2008年6月1日(日)
  出発時間 : 午前6時~午後10時半
  参加人数 : 38名
  支援物資 : ノート、鉛筆、ボールペン
         食料(米、玉ねぎ、ジャガイモ、パン、お菓子など)


【現地の様子】
 今回は前回一緒に支援を行った方が再度マンカレー村への支援へ行くということで一緒に参加を予定していましたが、授業の都合上、村松先生は参加できませんでした。そこで支援物資をその方に託すことにしました。現地の様子はその知人の方からの話と写真を参考にさせていただきました。
 
  先週から道端で物資を待つ人々や、道端で物資を配る人は警察に連行され、収容されるという話が出ていたせいか、以前のように道端でそのような行為をしている人々の姿は見られなかったようです。
 
  今回はまず始めに、マンカレー村の学校へ文房具を寄付し(800人の学生にノート一人3冊、鉛筆2本、ボールペン1本を寄付)、その後、デェーダイェへ移動し、そこから船でイェプーワ村へ訪れ、支援物資を届けたそうです。村松先生は6月2日からミャンマーの学校が始まるということで、子供たちへ文房具だけを寄付しました。寄付の話を聞いて、途中から子供たちもやってきて、元気な姿を見せてくれたそうです。


【今後の支援活動について】
 いろいろな方々の話を聞き、村松先生自身も支援活動を行っているうちに、やはり広範囲に物資を届けるのは不可能であり、能率的ではないと判断しました。そこで、これからは3つの地域に絞り、支援活動を行っていくことを検討しています。
 
 なお、支援地区は今まで先生が訪れた場所であり、その場に信頼の置ける人物がいて、常に報告を受けられる地域という点から選択を行いました。
 
  第一支援地区  クンジャンゴンの子供たちへの支援
   ここでは学校に通っている子供たちを中心に支援を行っていきます。
  2日にこの地区の小中学校を訪れ、子供たちが何を必要としているかを聞き、
  それに応えていく方向です。
 
  第二支援地区  マンカレー村の教育支援
   ここでは小中学校(一貫教育)がひとつしかないにもかかわらず、今回の
  被害で学校は大きな損傷を受けました。よって、学校修繕を中心に支援を行
  っていきます。
  
  第三支援地区  デェーダイェの村食料支援
   デェーダイェには大きい村が90、小さい村も入れれば200村もある
  そうです。いくつかの村は支援の手が届いておりますが、まだまだ支援の
  手が届いていない村々があります。そこで、支援の手が届いていない村々
  を訪れ、食料支援を中心に行っていきます。その際、海水が入り込み、飲
  み水に困っている地区にはウォーターガード(浄水薬)を支給していく予
  定です。
  
以上、3つの地域、支援方法も決定しましたが、支援活動中になにか必要な
ものが出てくれば臨機応変に応えていくつもりでおります。


【経費報告】
ノート   2400冊(1ダース1300Ks.) =  260,000Ks.
鉛筆    1600本(1本×47Ks.)   =   75,200Ks.
ボールペン   800本(1本×57Ks.) =   45,600Ks. 
    食料はほかのグループからの寄付

                       合計    380,808ks(38,080円相当).

第4回支援活動は2008年6月2日 クンジャンゴンを予定しております。

2008年5月30日金曜日

「アチンナレ写真館」 開設!

第一回、第二回と行われた活動の写真が届きました!

「アチンナレ 写真館」
http://fotologue.jp/akyinnarlet

愛先生とキンキンのお姉さんが撮影し、送ってくれたものです。

みなさんからいただいた寄付は、
ジャガイモ、水、お米、などなどに変身し、
現地の人々の手にしっかり届いています。


アチンナレとしての活動は毎日、
メンバーみんな力を合わせているけれど、
それと同時に学校の授業や課題に追われる日々。
そんな中、これらの写真を見て、
改めて、
私たちの「絆」って、
きちんとミャンマーまでとどいてるんだなあと思いました。
これからはもっともっと、
アチンナレを応援してくれる人と、ミャンマーの人たちとの距離を縮めたい。


不安そうな顔もたくさんですが、
それでも力強い子どもたちの笑顔。
1日も早く、すべての人に笑顔が戻る日が訪れますように。

2008年5月27日火曜日

アチンナレ第2回現地活動報告(村松愛先生の報告を元に)

場 所  : ディディエーの村(チョウンラター村)
(イェトゥインコン村)
               (アッセイカレイ村)
出発日  : 2008年5月22日(木)
時間    : 午前6時~午後7時半
参加人数 : 10名
    (MOMIJIの学生5人、キンキントゥエ(アチンナレ発起人)のお姉さん、
従兄弟(医者)、ユニセフの現地スタッフ2名)
支援物資 : 米、じゃがいも、豆、玉ねぎ、塩、飲料水、薬、石鹸、皿、料理用大スプーン、ポスター、ウォーターガード、古着


【現地の様子】
 ヤンゴンからディディエー(Dedaye)まで車で行き、そこからさらに船で3つの村を回る予定だったが、時間の関係上、ひとつの村(チョウンラター村)しか訪れることができなかった。しかし、予定通り残りの二つにも支援物資を送るよう、手配済み。支援物資である米などの食料は、全てディディエーで購入し、そこから船に載せ、入村。ディディエーは、19日に訪れたコンジャンゴンよりも家屋の損傷がひどく見えたが、復旧はすこしずつ進んでいる様子。寄付に来ている人々も少なくなっていたが、だいぶ町並みは回復に向かっているようだった。
  チョウンラター村はカレン族(仏教徒)とビルマ族が住む村で、現在907名、245世帯ある。ここでは代表者の家に支援物資を渡し、そこから各家庭に配給してもらうよう手配。また、その家に患者を集め、一緒に行ったキンキントゥエの従兄弟の医者が診療し、一人一人に薬を渡した。         
 農業を主とした村であり、各家庭は農業、特に米作りで生計を立てていたようで、今回のサイクロンで経済力を失った家庭がほとんど。また、米作りに必要な機械や水牛の損失が大きく、農業再開には時間がかかりそうだ。しかし、これから3週間の間が田植えの時期なので、一日も早く田植えができる状態にしたいと訴える住民。この村は海水が入り込んだ影響は少ないので、農業を始める手配が整えば、田植えが始められそうだ。
 

【今後の支援活動について】
 今回の話の中で、寄付してくれるならやはり食糧が一番!という意見が多かったが、中には仕事ができるようにしてほしい。と言う意見もあった。確かにこのまま支援物資だけに頼っているわけにはいかないと、我々も、村松先生も感じている。
我々アチンナレは緊急支援団体だが、今後、彼らに仕事ができるような支援も視野に入れなければならない。そこで、まず考えられるのは、10月もしくは11月の収穫期に備えて3週間以内に田植えをする必要性で、その方面での支援も検討しなければならない。つまり、田植えに必要な道具の寄付、もしくは苗の寄付だ。
 教育面についても同様で、ミャンマーの学校は6月から新学期が始まるが、どの町も学校が壊れてしまったにもかかわらず、学校の復旧が遅れている。
 よって、今後の支援は衣食住よりも、徐々にもっと彼らが元の生活に戻れるような支援に力を入れていこうかと現在思考中。

【物資支援内訳】
Choun La Tar(チョウンラター村)

米          22袋
じゃがいも      22.5ベイタ(約36Kg)
豆          22.5ベイタ(約36Kg)

玉ねぎ        22.5ベイタ(約36Kg)
塩          100袋
水          23本(20ℓ)
石鹸         400個
料理用大スプーン   150本
ウォーターガード 20本
薬、ポスター、古着

Yay Twin Kone(イェトウィンョコン村)

米          10袋
じゃがいも      11.25ベイタ(約18Kg)
水          12本(20ℓ)
石鹸         200個
料理用大スプーン   75本
ウォーターガード 10本

薬、ポスター、古着

Ah Sei Ka Lay(アッセイカレイ村)
米          10袋
じゃがいも      11.25ベイタ(約18Kg)
豆          22.5ベイタ (約36Kg)
玉ねぎ        22.5ベイタ(約36Kg)
水          10本(20ℓ)
石鹸         200個
料理用大スプーン   75本
ウォーターガード 10本

薬、ポスター、古着


【経費報告】
米        10袋×10000Ks. =  100,000Ks.
米        12袋×10000Ks. =  120,000Ks.
米        20袋×13000Ks. =  260,000Ks. 
じゃがいも    45ベイタ(約72Kg)    =  26,900Ks.
豆        45ベイタ(約72Kg) = 30,450Ks.
玉ねぎ      45ベイタ(約72Kg) = 13,200Ks.
塩        100袋        = 64,000Ks.
飲料水      45(20ℓ)×2350Ks. = 105,750Ks.
薬                     =  51,600Ks.   
皿      100×450Ks.   = 45,000Ks.
料理用大スプーン 300×1250Ks.  = 375,000Ks.
石鹸       300×160Ks.     = 48,000Ks.
石鹸       500個    (ユニセフからの寄付)
ポスター             (ユニセフからの寄付)
ウォーターガード 3箱(20本×3箱)(ユニセフからの寄付)
古着           (MOMIJI学生たちからの寄付)

その他費用: 車代+ガソリン代        = 180,000Ks.
       船代                 = 17,000Ks.
昼食代            = 15,000Ks. 
送料(店から学校まで)   =   500Ks.

合計:1,452,400Ks.
   =約14万5000円